陰惨な話なのに柔らかい雰囲気が伝わってくる作品

レビュー

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陰惨な話なのに柔らかい雰囲気が伝わってくる作品

[レビュアー] 栗原裕一郎(文芸評論家)


すばる2021年4月号

 今月の一推しは、櫻木みわ「コークスが燃えている」(すばる4月号)。女同士、弱い者同士の紐帯を描いた作だ。筋だけを追うと陰惨な物語なのだが、作品から伝わる雰囲気は不思議に柔らかい。

 語り手の「私」、ひの子は、40歳を目前にした非正規雇用で働く女性。14歳年下の恋人・春生に振られてから、生活の不安と孤独に怯えていた。春生との関係が回復し、切望していた子供が宿ったところから話が目まぐるしく動き出す。

 結婚すると言った舌の根も乾かぬうちに春生は実家の圧力に負け、堕胎と別離を仄(ほの)めかす。ひの子が一人で産み育てる覚悟を決めると、「やっぱりおれも、赤ちゃんに会いたい」と臆面もなく舞い戻る優柔不断ぶりで当てにならない。

 支えてくれる有里子さんから教わった金言「究極の自立は依存先を増やすこと」(熊谷晋一郎)に従い、ひの子は、仮初めでも依存先になってくれるのならと春生を受け入れ頼るのだが、不運にも子供は流れてしまう。すると春生は「あれが、おれとひの子が一緒になるラストチャンスだった」と別れを切り出し、あげくその帰り道に、ひの子はファットバイクにはねられ入院沙汰に見舞われてしまうのである。

 社会的に弱い女性にとって、子供を持つ幸せと喜びは、たやすく絶望に暗転してしまうものだという怖さがここには描かれている。非正規雇用者の出産をめぐる制度の厳しさなどの細部も緻密に詰められているのに、柔らかい印象が残るのはなぜだろうと考えた。

 それはおそらく「私」ひの子が他罰的でないからだ。ひの子は、まるで駄目な春生を責めないし、社会の不条理に声を上げることもしない。といって自虐的に状況に甘んじるわけではない。

「弱い立場にいる者」を助けてくれるのが「ひととのつながり」だけであること、それが「きれいごとや義理人情の話」ではなく「事実であり、知恵と合理性の話」であることにひの子は気づいていく。その事実と知恵を信じ実践することこそが抗う術なのだ。ひの子のこの強い確信が柔らかさとなって、小説を包んでいるのである。

新潮社 週刊新潮
2021年4月22日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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