「絶望のありよう」描く 暗い過去を持つ女性が活躍するスタイリッシュなハードボイルド小説

レビュー

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擬傷の鳥はつかまらない

『擬傷の鳥はつかまらない』

著者
荻堂 顕 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103538219
発売日
2021/01/27
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

[本の森 SF・ファンタジー]『擬傷の鳥はつかまらない』荻堂顕

[レビュアー] 北村浩子(フリーアナウンサー・ライター)

 擬傷。親鳥が雛や巣を守るため、怪我をしているふりをして捕食動物の注意を引くしぐさのこと。主人公・沢渡幸はこの耳慣れない言葉を、大事な友人だったミソラに教わった。ある種の鳥に見られるその行為を引き合いに出し、彼はこう言ったのだった。「おれたちだけは、傷付いている誰かのことを逃してあげられるような優しい大人になろうね」――

 大人になった幸は、新宿・歌舞伎町で「アリバイ会社」を経営している。顧客は、風俗の仕事をしているなどの理由で、部屋を借りたり、子供を保育園に入れたりといった「普通の」社会生活を送ることが困難な人たち。幸は彼ら彼女らが生きやすくなるよう、精巧な社員証を作るなどして「偽の身分」を誂える。表向きはネイルサロンということになっている幸の事務所兼自宅には、ブランドものの服や靴が無数に収納されている。それは自らも「他人の身分」で生きている幸の、唯一の道楽だった。

 ――暗い過去を持つ女性が活躍するスタイリッシュなハードボイルド。そう予想してこの、荻堂顕『擬傷の鳥はつかまらない』(新潮社)を読んでいたら、思いがけない要素が加わっていたことに早々に気づいた。彼女は不思議な力を持っていたのだ。この世に居場所を失った人間を、痛みも苦しみもない異界へ連れていく力。雨が降っている新月の夜にだけ開く門を出現させ、幸はこれまで幾人もの人間を、彼ら彼女らの望む「美しい世界」へと逃していたのだった。まるでミソラとの約束を忠実に守るように。

 もし自分が作家で、彼女のようなキャラクターを思いついたら、と考えた。きっと連作短編にするだろう。「顧客」に様々な背景を持たせてバリエーションをつけ、最終章では幸自身が異界へ行くかどうか悩む、という構成にするだろう……などと。しかし著者はそんな安直な展開にはしなかった。ある少女の不審死を起点に進む物語が終始描いていたのは「絶望のありよう」だった。

 心から信頼してくれた人を裏切った少女と、消せない過去に縛られ続ける男性。幸は二人を門の向こう側へと導く。そこに在った世界の「完璧な幸福」がすさまじい。絶望の反対は希望ではなく、希望イコール幸福ではないという真実がこれでもかというほど露わにされる。幸が、幸という偽名で生きるようになってから背負ってきた重荷(そこにはミソラもかかわっている)の正体も明らかになり、人生はいかに「選択できないこと」であふれているかを思い知らされる。

 息苦しいまでに緊張感が途切れない前半。一筋縄ではいかない悲しみに満ちた後半。瀬戸際で生きる人間たちの物語は疲労を感じるほどに濃厚で、書くほうもしんどかっただろうなと思う。読み終えて知ったのだが、著者の荻堂さんはこれがデビュー作なのだった。次作も期待しています!

新潮社 小説新潮
2021年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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