思考の自然誌 マイケル・トマセロ著

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思考の自然誌

『思考の自然誌』

著者
マイケル・トマセロ [著]/橋彌和秀 [訳]
出版社
勁草書房
ISBN
9784326154692
発売日
2021/01/29
価格
3,080円(税込)

書籍情報:openBD

思考の自然誌 マイケル・トマセロ著

[レビュアー] 瀧澤弘和(経済学者・中央大教授)

 ヒトの心の独自性は何か。ヒトが持つ言語、知性、文化は何に由来するのか。トマセロはこの問題に、ヒトの幼児とチンパンジーなど大型類人猿の認知を比較することで迫ってきた大家だ。本書は、近年の研究成果を取り込みつつ、ヒトらしい心が進化していくプロセスを大きなストーリーとしてまとめている。

 大型類人猿が個人主義的・利己的なことはよく知られている。その知性は基本的に競合的環境への適応の産物だからだ。これに対して20万年前頃に登場した現生人類は、幼児期から強い協力性向を持つことが特徴的である。この協力性向と、累積的に文化を発展させ、慣習的な言語・社会規範を持ち、交換経済や貨幣制度を発展させてきたヒトの特徴はどう関連するのか。

 トマセロはこの問いに、大型類人猿と現生人類を繋(つな)ぐ「初期人類」モデルを想定することで回答する。

 初期人類は、200万年前頃に、食料をめぐるあらたな競争的環境への適応が必要となり、協働的な採食活動へと舵(かじ)を切ることを余儀なくされた。この過程で、協力的な認知様式を進化させていく。鍵となるのは、共通の目標へ向けて心を合わせ、各人が役割を分担する認知方法の獲得だ。このような協力を促す進化の圧力とそれへの適応こそが、今日に至るヒトの思考の原型をなすというのが「志向性の共有仮説」である。

 協力的思考の獲得は多様な含意を持つ。たとえば、他者の気持ちを推論したり、他者の自分に対する評価を気にしたりするなど、多様な認知能力が発展してきたのだ。その過程が詳細に語られる。

 ここでのトマセロの手法の特徴は、われわれの思考や行動の前提条件を炙(あぶ)り出す哲学的考察と、大型類人猿とヒトの実験的な比較研究とを組み合わせる考察にある。

 ヒトの心に関しては、前世紀後半から多数の説明が提起されてきた。本書で展開される説明は、これら諸説を適切に取り込んでいる。その包括的な全体像の説得力は圧倒的である。橋彌和秀訳。

 ◇Michael Tomasello=1950年生まれ。デューク大教授、マックス・プランク進化人類学研究所名誉所長。

※原題 A Natural History of Human Thinking

読売新聞
2021年4月11日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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