『匣の人』
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交番という名の箱 松嶋智左
[レビュアー] 松嶋智左(作家)
警察小説の主人公といえば、やはり捜査一課や所轄の刑事が多いかと思います。
今作で、わたしがスポットライトを当てたのは、そんな刑事らに比べるとちょっと地味な、「交番のお巡(まわ)りさん」です。舞台は当然ながら、道路沿いの、愛想のない四角い、正に箱としか呼びようのないあの建物です。そこで働くのは女性のベテラン巡査部長である浦貴衣子(うらきいこ)と今どきの若者である新米巡査の澤田里志(さわださとし)。二人が受け持つ平穏な町で、ある日、殺人事件が起きます。でも刑事ではないので捜査はしない……筈(はず)が、あろうことか新米の里志に疑いがかかって、貴衣子は彼の身の潔白を証明するため奔走することになります。
話は変わりますが、わたしは以前、警察官として働いたことがあります。当時、女性の交番勤務はなく、交通取締りが主でした。ひたすら交差点で笛を吹き、駐禁の切符を切っていました。捜査部門の経験はないのですが、警察という組織のなかで、警察官という人間を見てきたことは、小説を書く上で大きな力になっていることは間違いありません。
『匣(はこ)の人』は、犯人捜しのミステリーを縦糸に、警察官も一人の人間である現実を横糸にして編み込むように書きました。警察官にも悩みや秘密があり、失敗もすれば、落ち込むこともあります。人として弱い部分も持っています。ただ、その弱さを、命と治安を守る、という使命感で撥(は)ねのけるのです。そんな姿を貴衣子と里志の二人を通して感じていただければ嬉(うれ)しいです。
タイトルにある『匣』という漢字は、作品のなかでは一度しか使っていません。その文字の出てくる箇所にあるのが、交番のお巡りさんの覚悟であり、心意気じゃないかなと考えます。お近くにある交番を思い浮かべながら読んでいただければ、いっそう楽しんでもらえるのではないでしょうか。