感染症を通して断絶を浮かび上がらせる
[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)
パンデミック小説の翻訳刊行が盛んだ。リン・マーの『断絶』もまた然り。ただし、これは感染症の蔓延と戦う物語ではない。作中に出てくる、中国を発生源とする真菌感染症「シェン熱」は克服できる相手ではないからだ。症状が進むと感染者はかつて習慣としていた動作や手順を果てしなく繰り返すようになり、やがて死に至る。感染力は凄まじく、治療法が見つからないまま、ニューヨークは死の街と化してしまう。
語り手のキャンディスはタイムズ・スクエアに社を構える出版製作会社に勤務し、聖書部門を担当していた。オフィスから誰もいなくなってもなおそこに身を置き続け、「NYゴースト」という街の今を写真で発信するブログを更新していたのだが、ついに断念。リーダー格のボブのもと、彼がシカゴ郊外に共同所有する「施設」を目指して旅しているグループに入れてもらう。
一行の長い旅路と「施設」到着後の出来事を描く現在の物語の合間に挿入されるのは、キャンディスの過去。中国の福州からソルトレイクシティーに移民した両親に呼び寄せられた六歳の頃から、怠惰で傲慢な青春時代を経て、写真家の夢を捨て就職するまで。小説を書いている自由人の恋人との別れ。両親の思い出。
現在と過去が交錯する物語の中に、作者は、パンデミックの前と後、感染者とキャンディスたち、ミレニアル世代と旧世代、神と人間、男と女などの間に存在するさまざまな“断絶”を露わにしていく。でも、読みながら浮かぶのは、そんな断絶は実は小さな差異程度ではないのかという感想なのだ。健康だった頃の所作を繰り返す感染者の姿が、変わりばえのしない日常を繰り返すわたしのそれに重なって見えるように、あらゆる断絶は彼我の区別をつけるための単なる方便にすぎないのではないか。感染症を寓意にして考えの種を読者に植えつけてくれる、これは新種のパンデミック小説だ。