『小林秀雄の政治学』
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イメージを覆す小林秀雄と政治
[レビュアー] 碓井広義(メディア文化評論家)
小林秀雄は政治を嫌った。だから政治について言及していない。そんなイメージを持つ人は多いのではないか。中野剛志『小林秀雄の政治学』は、この既成概念を大きく覆す意欲作だ。小林は政治や社会について多くを語っているだけでなく、そうは見えない作品にも政治は深く刻まれていた。
たとえば、「モオツァルト」は小林の政治学として解釈できると言う。最も書きたかったのは「自由」の問題だからだ。ただし国家など集団が示す「リバティー」ではない。個人の精神の中の「フリーダム」だ。
それは自己を実現しようとする姿勢であり、モオツァルトはもちろん、ドストエフスキーも体現していた。戦後、国家はリバティーを保証したが、フリーダムについては疑わしい。小林には戦前からそれが見えていた。「モオツァルト」は自由論でもあったのだ。
また本書の中で重視されているのが、「Xへの手紙」だ。小林は政治が扱う集団の価値と個人の価値を対比させ、政治が「人間を軽蔑する物質的暴力」と化すことを指摘する。発表されたのは昭和7年。昭和恐慌・世界恐慌を背景に血盟団事件も起きている。政治が市民の目を厳しい現実から逸らすのに利用したのが、社会を支配する平板な言葉である思想、つまり「イデオロギー」だった。
現在、社会は困難な状況にある。危機と格闘する個人の「自由(フリーダム)」を軸とした小林の政治学の中に、明日へのヒントが隠れているかもしれない。