『改訂完全版 火刑都市』
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都会に出てきた若い女性が抱える切ない悲しみ
[レビュアー] 川本三郎(評論家)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「上京」です
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東京の繁栄は地方から上京して底辺で働く若者たちによって支えられている。
ミステリ小説では、しばしば彼らが追いつめられた末に犯罪に走る。
松本清張の初期の短篇「張込み」(一九五五年)では山口県の田舎から出てきた男がさまざまな職を転々とした果てに殺人を犯す。
奥田英朗の『オリンピックの身代金』(二〇〇八年)では、秋田県の田舎から上京し東京オリンピックのための工事現場で働く若者が大胆な企てを試みる。
上京者が夢と現実に引き裂かれ道をはずれてゆく。
島田荘司の傑作『火刑都市』(一九八六年)にも、地方の小さな町から東京に出てきて、大都市の力に翻弄されてゆく孤独な女性が登場し、強い印象を与える。
東京の雑居ビルが放火され若いガードマンが焼死する。彼には婚約者がいた。
警察はその女性の行方を追う。ようやく探し出した女性は、新潟県の日本海に面した小さな集落から、高校を卒業して東京に働きに出てきた上京者だった。
彼女は、はじめは北千住のデパートの店員だったが一年ほどで辞め、そのあと映画館、レストラン、スナック、さらにバーと勤めを替えてゆく。次第に水商売に染ってゆく。
寒村から身寄りもなく大都市に出てきた若い女性は生きるために必死だったことだろう。彼女は話を聞きにきた刑事にいう。
「私は、東京が怖かったです」。十代の女の子のこの言葉には上京者の悲しみが込められていて切ない。