テーマは依存症。生きづらい社会を生き延びるためのヒントとは?

対談・鼎談

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セゾン・サンカンシオン

『セゾン・サンカンシオン』

著者
前川 ほまれ [著]
出版社
ポプラ社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784591170007
発売日
2021/04/14
価格
2,090円(税込)

書籍情報:openBD

『セゾン・サンカンシオン』刊行記念対談 花田菜々子×前川ほまれ

[文] ポプラ社

看護師として働くかたわら、社会から見過ごされてきた存在に光をあてた作品を精力的に執筆し続けている前川ほまれさん。新作『セゾン・サンカンシオン』は、依存症の女性たちがともに暮らしながら回復へと歩んでいくための施設を舞台にした連作短編集です。刊行を記念して、話題作『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』『シングルファーザーの年下彼氏の子ども2人と格闘しまくって考えた「家族とは何なのか問題」のこと』の著者で、書店員の花田菜々子さんとの対談が実現しました。ふたりの語りから見えてくる、生きづらい社会を変えていくための方法とは――?

今だからこそ希望を描きたかった

前川 本日はよろしくお願いいたします。花田さんとお会いしたらお伝えしたかったことがあって。花田さんがヴィレッジヴァンガード下北沢店にお勤めだったころ、よく通っていたんです。ヴィレヴァンで心に残るような本にたくさん出会うことができました。ありがとうございます。

花田 それは私の功績ではないですけど(笑)、そうおっしゃっていただけて嬉しいです。

前川 自分のなかでベスト本というのが、角田光代さんと佐内正史さんの『だれかのことを強く思ってみたかった』なんですが、それに出会ったのもヴィレヴァンだったんですよ。今日はとにかくそれだけはお伝えしようと思って来ました(笑)

花田 ヴィレヴァンを代表して、ありがたく受け取っておきます(笑)。

前川 そしてお忙しい中、『セゾン・サンカンシオン』の帯に素敵なコメントを寄せてくださり、ありがとうございました。

花田 『セゾン・サンカンシオン』は、依存症の女性たちが共同生活をしながら回復していく過程を描いた物語ですが、読み始める前は、勝手にハートフルでやさしい物語だと思っていたんですよ。でも一章の途中で、これはただごとではないぞ、と。依存症の当事者たちがみんなで頑張ろう、支えあおうといっても、すぐに回復できる世界に行けるわけではない。そこを嘘のないかたちで誠実にすくいとっていらっしゃるのが、すごいな、と思いました。嫌な奴も出てくるし。

前川 ちなみにどの登場人物が……?

花田 一番むかついたのは、第二章に出てくる、ギャンブル依存症の姉を持つ千葉ですね。姉に対する憤りを抑えられず、「迷惑かけまくった末にビョーキとか言えて幸運だね」「ミーティングで名乗るためのニックネームは『親不孝』なんていいんじゃない?」等と悪意に満ちた言葉を次々投げつけていきますよね。いまやってるじゃん、自分の過去と向き合って回復しようとしてるじゃん、と非常に腹が立ちました(笑)。もちろん、毎日近くで接していて何度も裏切られてしまう家族としての本音であるのかもしれませんが。でも、家族だってつらい目にあってるんだから、こういう暴言を投げかけても仕方ない、ですませてしまってはいけないと思いました。

前川 家族って、ある種の状況だと切ろうとしても切れない関係というか、距離がものすごく近い場合もあります。そういう中で、依存症を患う当事者と一緒にいることの歯がゆさだったり、負の感情を描けたら、と思ったんです。依存症当事者の痛みに気づかない人たちを書こうと。

花田 いっぽうで、第三章に登場する窃盗症を患っている直美のお父さんは、すごく一生懸命娘の話を聞いてあげるじゃないですか。とてもいい父親に感じられますけど、でも彼にも欠けている部分があって、彼では娘の問題を解決できないし、そもそも家族が肩代わりできるものではないんですよね。

前川 あの父親は、表面的にはすごく心配しているように見えるけれど、本質から目を背けるような会話ばかりを積み重ねているんですよね。

花田 なるほど。今回前川さんが依存症を取り上げようと思われたのはなぜですか?

前川 前作の『シークレット・ペイン 夜去医療刑務所・南病舎』で医療刑務所に取材に行った際、収容されている半数は、違法薬物を使用した人が占めていると聞き、印象に残っていたんです。自分が知らない世界だから知りたい、と思いました。あとは、小さなコミュニティの話を書きたいとも思っていて。依存症には、ある特性を持つ者同士が互いに支えあいながら、その症状から回復していくための「自助グループ」というものがあるので、これらを結び付けて書いてみよう、と考えました。

花田 社会問題を小説というかたちで訴えたい、というお気持ちがあったんですか?

前川 僕の場合、まず小説に登場する人たちの生活を書きたいという気持ちがあるんです。ただ、生活というのは社会とのかかわりでもあるので、どうしてもそういう要素が入ってくる。読者にとっても、社会問題が入ることでぐっと自分の身近に感じてもらえるところがあるのかな、と思って書いています。

花田 作中で一番印象的だったのは、アルコール依存症だったある人物が、ずっと離れて暮らしていた息子と、数十年後に再会するエピソードでした。迷惑を被った側にとっては水に流せることではないだろうし、息子のほうはここで母との関係を完全に断ち切るつもりで会いにいきますよね。前川さんの作風だったら、ここでばしっと関係を切ってしまうんじゃないかな、と思ったのですが、最終的には希望を感じさせる結末になっていましたね。

前田 するどいご指摘ですね。もともとそのエピソードは入れるつもりはなかったんです。でも、コロナ渦のこういう状況でいろいろ考えさせられることがあり、自分でも作品のなかに希望を見出したかったのかもしれません。

花田 当事者の方が『セゾン・サンカンシオン』を読むと、「自分だけじゃないんだ」と救われると思いますし、その家族にとっても、「なんでうちの家だけ、こんなにめちゃくちゃでひどい状態なんだ」と思っていたところに、「え、他の家でもこの事象は起きているの?」と知るだけでも、光が射すと思います。専門書はもちろん必要ですが、同時に、こういうかたちで依存症をテーマにした小説が読めるのはすごくいいことですよね。

サポートメンバーを増やしていくということ

前川 花田さんの『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』『シングルファーザーの年下彼氏の子ども2人と格闘しまくって考えた「家族とは何なのか問題」のこと』の二冊とも、とても面白く拝読しました。『シングルファーザー~』では、タイトルの通り、付き合っている男性のお子さんふたり――ミナトくんとマルちゃんとの交流が描かれますが、彼らにこの本を見せたりしたんですか?

花田 書いてもいい? というのは了解をとっており、家の本棚にささってますけど、読んでるのかどうかはわからないですね。

前川 この本が存在するだけで、このふたりが救われる瞬間が絶対この先あるだろうなって思います。それを想像するだけで自分も嬉しくなるというか。いい本だなぁとしみじみ思いました。印象に残っているのは、花田さんが母親になったほうがいいのか葛藤しながら進んでいくなかで、彼らの人生に参加するサポートメンバーになろう、と思うシーンです。『セゾン・サンカンシオン』でも、サポートメンバーとして、誰かが当事者のまわりにいたらいいんじゃないかな、と思っていたので、すごく共感したというか、胸に残りました。

花田 正しい家族像とか、正しい人間像に支配されてしまうことってありますよね。私も、子どもたちと会う局面では、自分が思い描いている母親像――それは自分の理想でもなんでもないのに、なぜか正しい母親像というものがあって、それに近づかないといけないんじゃないかと無意識のうちに思わされてしまうんですよね。正しさから外れちゃいけないというか。正しくあらねばならない、という意識は、依存症の方やご家族も含めて、いろんなひとを苦しませる理由になっているんじゃないかと思います。そういう呪いみたいなものがどんどん解体されていけば、どんなひとも少しずつ生きやすくなるんじゃないでしょうか。

前川 まさにそうですよね。『シングルファーザー~』の中で好きだったエピソードのひとつに、四人で出かけた花火大会でミナトくんが理由はわからないけれども怒ってて、ひとりでばーっと先に進んでしまう箇所があります。花田さんはミナトくんに理由を聞いたり、機嫌をとったりせず、見守るスタンスなのですが、その態度がすごく大事だと思っていて。以前自立援助ホームについて資料をあたったときに、「自立というのは依存先を増やすこと」と書いてあったのですが、それをかみ砕いていくと、サポートメンバーを増やしていくってことなんですよね。花田さんはその視点で子どもたちを見守ってらっしゃるのだなぁと思いました。その感じは『セゾン・サンカンシオン』でも書きたかったことで、勝手にシンパシーを感じました。

花田 ありがとうございます。そこには葛藤もあって、もし子どもが問題児になったり、犯罪者になったりしそうなときに、どこまで自分は放っておけるんだろうと考えてしまいます。多くの親は、子どもが悪い道に進まないように、「学校に行きたくない」と言われたら、「理由はなんだ。理由がないなら行きなさい」と言うだろうし、「バイトを3日でやめた」と言われたら、「そんなことじゃ世の中でやっていけないぞ」という方向に持っていくじゃないですか。その対応があっている場合もあるとは思うんですが、子どもの意思を尊重してなんでも許していたら問題児や犯罪者になってしまうのか……?と。少なくとも「学校へ行きなさい」「バイトやめるんじゃない」と言い続けることが、問題児や犯罪者になるのを防げるのかどうかは疑問ですが、自分でもこれという正解はわからないんですよね。なるべく悪とか問題があるほうに流れ込まないようにと考えがちになってしまう家族という関係性が、ときとして害悪になってしまうかもしれない。

前川 そこは本当に難しいところですね。

花田 依存症のひとのご家族の場合、回復してほしい、どれだけ人が迷惑をこうむったりしているかわかってほしい、という真剣な思いがあるからこそ、傷つけあいになってしまうわけですよね。ギャンブル依存症のひとがパチンコに行ってしまったときに、家族が責めることが状況をよくすることに繋がらないというのは、医学的な知識じゃないですか。普通の家族だったら行くのを止めてしまうのが普通の対応なわけで、家族のなかで、自助グループ的な活動をするのは、難しいでしょうね。

前川 基本的に、家族の説得が届かなくなって依存症になっていくわけで、家族が叱責しようが泣いてすがろうが、それで回復できるような病ではないな、と感じます。依存症からの回復過程で依存対象を再使用、再体験してしまうことをスリップというんですけど、依存症はスリップを繰り返しながら回復していくものなんですね。そういう状況だと、時には家族からの「愛のあるつきはなし」が必要で、回復し続けるためには当事者同士で交流することも重要です。本作では、当事者たちが安心して失敗できる場所を、セゾン・サンカンシオンにしたいなと思ったんです。家族間だとどうしても受け止められないことが多いけれども、当事者同士でお互いの成功も失敗も、良いところも悪いところも認め合おうというトーンで書きたかったんです。

花田 そこは認識が必要ですね。第一章でアルコール依存症のパピコが公園でお酒を飲み始めてしまうところで、セゾン・サンカンシオンのスタッフに電話すると、「ほっといてください」みたいに言われますよね。初見だと、えっ、冷たい、大丈夫なの、こんなにつらそうなのに……と思うけれど、それは「愛のあるつきはなし」なんですね。「愛のあるつきはなし」は今の時代、日本社会にとって必要なアイディアかもしれませんね。愛があればあるほど関わって注意して説得して無理やりにでも引き離してしまうほうがいいんじゃないかという意識が人の心に巣くっているというか、それが普通になっている気がするので。

前川 距離の近しい家族だからこそ法に触れさせちゃいけないとか、症状を改善させなければいけないと感じてしまうものですけれど、その前にもっと当事者自身のことを考える視点が大事かな、と思うんです。それに何か失敗したとしても、その人を受け入れてくれる居場所が必要です。近しい人のぬくもりも大事なんですけど、他人のぬくもりが重要だと個人的に思っていて。町ですれ違うだけの関係性だとしても、そこでちょっとした気遣いでもあれば、より良くなっていくんじゃないかと思いますね。

花田 いっぽうで、家族なしでも回復はできるかもしれないけれども、依存症の当事者のことを思ってくれる家族がいたとして、その家族の問いかけや存在といったものがよく働く場合もあると思うんですよ。家族がいいのか、当事者がいいのか、という二者択一ではなくて、依存先を増やすというか、世界を広く持つということが回復するうえで大切なんですね。

前川 応援団がたくさんいたほうがいいですよね。

花田 ヘビーユーザー的なファンじゃなくて、ちょっとしたファンみたいな人たちの応援のほうが、気楽で受け止めやすいかもしれませんね。

「あなたはそうなんだね」という受け止め方でいい

花田 今日は前川さんに紹介しようと思って、本を持ってきました。精神科医の斎藤環さんと漫画家の水谷薫さん共著の『まんが やってみたくなるオープンダイアローグ』という本ですが、これがめちゃめちゃ面白いんです。オープンダイアローグというのは、フィンランド発の療法で、従来は薬が必要な統合失調症の治療に高い効果があるとのことで、注目を集めているそうなのですが、その手法がユニークで。アルコール依存症の方の集まりにもたしか特有の名前がありましたよね。

前川 AA(アルコホーリクス・アノニマス)や断酒会ですね。

花田 そのAAの感じとも近いかもしれません。まず、患者さんの話を医療従事者数名で聞きます。今こんなことに困っている、とか、夫が外に妻子をつくって離婚届けまで出した、とか。妄想かもしれない話でも否定したり診断したりせず、まず受け止めてから質問したり、傾聴したりする。そのあと、患者さんに背を向けて、医療従事者だけで、患者さんの話を受けてのさまざまな感想を言い合うんです。「まずは治療の場に来てくれてよかった」とか、「眠れているか心配だ」とか。「こういう状況のときにはこんな対応をしてみては」という具体的な提案やアドバイスもおこなわれます。その際、ネガティブなことは言いません。このセッションを重ねていくことで、入院治療するしかないと思われていた患者さんが、何回目かのミーティングで突然改善することもあるそうです。オープンダイアローグが対話のきっかけになり、家に帰ってからも家族と話せるようになったとか、ミーティングとミーティングのあいだに本人のなかで回復が進んでいったとかもあるみたいで。このオープンダイアローグの仕組みって、私たちが何かに困っているときなどにも応用できるんじゃないかと思うんです。

前川 面白そうですね、読んでみます!

花田 オープンダイアローグは私にとっては新鮮でした。カウンセリングが効果があるというのはなんとなくわかるんですけど、当事者の話を聞き、その話を受けて第三者が話し合うということがこんなにも効果的だということが面白かったです。

前川 手あかのついた言葉かもしれませんが、ありのままを受け止めることが大事だと思います。個人的には人の心なんてわからないと思っていて、でもわからないからこそ知ろうとする姿勢、その人、その現象の言葉をまずは受け止めることが重要なんだと思います。

花田 最近思うのは、誰かの話を聞いたときに、「私もそうだよ」とか、「私もその気持ちがわかるよ」と思わないといけないとされすぎている気がするんですが、「あなたはそうなんだね」という受け止め方でいいんだよな、ということです。「あなたはみかんが好きなのね、私はいちごが好きだよ」というだけでいいのに、「いやいや、みかんはいちごほどはおいしくないでしょう」みたいに、自分と他者の境界をぐちゃぐちゃにしてしまう。それを解きほぐすだけでも救われることはいっぱいあるのかもしれないと思いました。

前川 『シングルファーザー~』では、花田さんがいとこの方に理不尽なことを言われるシーンがありますが、わかりあえないひとはいていいと思うんですよ。でも、わかりあえないからこそ尊重することが大切だと思いました。意見が違うからって、攻撃しなくていいですよね。花田さんのご本って、何か出来事があったときに、まずAという考え方があるけど、すぐ後ろにBという考え方もあることが描かれていて、立ち止まって考えさせられることが多々ありました。すごく丁寧に、深く考えて人や社会を見つめている方だなぁって。この世の中、こうしなきゃいけないとか、これが普通だとか、呪いみたいな言葉ってたくさんありますよね。僕もそういうのを小説で解きほぐしていけたらな、と、背筋が伸びる思いです。

花田 本当にそうですよね。セクシュアルマイノリティの方や障碍者や依存症の方など、さまざまなひとたちが声を上げられる社会をつくるとともに、当事者ではない前川さんのようなひとが、また違う目線でこういうひとたちはこういう状況にあるのではないか、ということを書いてくださるというのは、すごくいいことだと思います。これから気になるジャンルがあったら、前川さんにリクエストしようかな。今度こういうテーマで書いてほしいんだけど、って(笑)。

前川 ぜひぜひ!(笑)今日は本当にありがとうございました。

 ***

花田菜々子(はなだ・ななこ)
1979年、東京都生まれ。「ヴィレッジヴァンガード」、「二子玉川蔦屋家電」ブックコンシェルジュ、「パン屋の本屋」店長を経て、現在は「HMV & BOOKS HIBIYA COTTAGE」の店長を務める。著書に、『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』『シングルファーザーの年下彼氏の子ども2人と格闘しまくって考えた「家族とは何なのか問題」のこと』、編著書に『まだまだ知らない夢の本屋ガイド』がある。

前川ほまれ(まえかわ・ほまれ)
1986年生まれ、宮城県出身。看護師として働くかたわら、小説を書き始める。2017年、「跡を消す」で、第7回ポプラ社小説新人賞を受賞し、翌年デビュー。第二作『シークレット・ペイン 夜去医療刑務所・南病舎』が、第22回大藪春彦賞の候補となる。

花田菜々子(書店員)、前川ほまれ(作家)

ポプラ社
2021年4月28日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

ポプラ社

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