米軍が“外注”される日!? 東京五輪で起きた暗殺事件――『トリガー』真山仁【文庫巻末解説】

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トリガー 上

『トリガー 上』

著者
真山 仁 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041094259
発売日
2021/03/24
価格
748円(税込)

書籍情報:openBD

トリガー 下

『トリガー 下』

著者
真山 仁 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041094266
発売日
2021/03/24
価格
748円(税込)

書籍情報:openBD

米軍が“外注”される日!? 東京五輪で起きた暗殺事件――『トリガー』真山仁【文庫巻末解説】

[レビュアー] 関口苑生(文芸評論家)

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

■『トリガー』文庫巻末解説

解説
関口 苑生(文芸評論家)  

 本書『トリガー』の初刊単行本に付された帯の惹句には、作者の言葉としてこんな文言が記されている。曰く──
「このジャンルを書きたくて作家になった」
「私たちがどんな世界に生きているか知ってほしい」
 という自負と決意の言葉である。
 二〇〇四年に『ハゲタカ』でデビューして以来、真山仁は政治や経済を中心とした社会的な問題をテーマにしながら、一貫してエンターテインメントの世界で、小説の面白さと愉しさを追求し、その奥に潜む物語の凄味を読者に知らしめようと目指してきた。近年の作品でも東京地検特捜部と政治権力中枢部との暗闘を描いた『売国』や『標的』がすぐに思い浮かぶし、同じく『コラプティオ』でも政治家のありようを正面から描いていた。また『バラ色の未来』では日本の統合型リゾート(IR)をめぐる民間業者の熾烈な闘いと卑劣な行為・思惑を、『黙示』では日本の食と農業の危機を、『オペレーションZ』では明日にでも国家破綻を起こしかねない日本の財政問題を、『神域』ではアルツハイマー病の絶対的治療方法となるかもしれない奇跡の細胞開発をという具合に、彼が描く物語の背後には常に、いまこの現在で日本が抱えている危機的問題が深く横たわっていた。あるいはまた『そして、星の輝く夜がくる』『海は見えるか』『それでも、陽は昇る』『雨に泣いてる』は、阪神・淡路大震災を経験した作者が、東日本大震災後の被災地を真摯に見つめて活写した、震災文学の傑作であった。
 これらの作品を通して感じることは、難しく書こうと思えばいくらでも〝文学的〟に難しく書ける内容であるにもかかわらず、真山仁の小説にはそんな堅苦しさが一切ないということだ。しかし内容自体は重く、深刻で尋常ならざる題材が圧倒的に多いのだ。逆に言えば、多くの人に読んでもらいたいと願うからこそ、そういった堅苦しいテーマを面白おかしく、肩の凝らないように、なおかつ分かりやすく描いていくのが真山仁の姿勢であった、とそんなふうに思っている。
 その基本にあるのは──これも手前勝手な思い込みなのだが──政治思想と経済動向の図式化・娯楽化と、文学的想像力の深層スペクトルという二本の柱ではなかったか。複雑な組成のものを単純化し、見えやすい順に並べていく作業と工夫である。これは言うは易しで、実際にはなかなかできることではない。もともと複雑なものを簡素化するのである。下手な作者だったらまず間違いなく安っぽい作り物に見えてしまうだろう。娯楽という水準にも達しえない代物になりかねないのである。しかし真山仁は違った。
 いくつかのインタビュー記事やエッセイなどを読むと、彼は一度書いたもの(たとえば連載小説など)を単行本化する際に、徹底的に手を入れるのだという。
 小説というのは、本来自己の内面のある部分部分をそれぞれ拡大し、そこで変容した分身たちによって物語が構成されるものだ。たとえば二、三の人物の対立や葛藤を描くときでも、こちらはAの立場で、次は非Aの立場でという具合に、自分自身を転換させて書くわけだ。譬えは悪いが、ひとりで将棋や麻雀をしているようなものか。しかも、どの立場の場合であっても真剣であるという態度を示さなければならない。
 このときに作者の姿勢として、最初から物語の構図を完結させた状態(プロット、設計図を最後まで作り上げている)で書き始めるのと、書きながら状況に応じて考えていくのとではまったく違う。ましてや真山仁が取り組む題材のほとんどは、政治にしても経済にしても、生き物同然の、日々変化する流体のごとき厄介なものなのだった。
 これに関しては古今東西、多くの作家が自分はこうする、こうでなくてはならない……など意見が極端に分かれるところだ。
 だが、正直なところ、初めから最後まで見通してしまっていては人は何もする気が起きないのではないか、と個人的には思う。その時々の、設定された立場や状態の混乱に作者自身が心底没入しきって、さあこれからどうしようかという〈無邪気な精神〉こそが、実は構想力の支えとなるのではないかと思っているからだ。そうした無邪気さが物語に迫力と痛快さを生む。
 ならば真山仁の場合はどうなのだろう。
 小説というか文学は、それが書かれた時代の現実を鮮烈に反映するものである。といって、現実を直接描写しているわけではない。優れた作家は、大は世界のパワーバランス、政治状況から、小は個人的なセックスにいたるまでの矛盾の数々を、とりあえず可能な限り貪欲に吞み込んで、自己の内にそれらの矛盾が特定の役割をはたす力を持つまで培養し成長させるのだという。
 一度書いたものを時間をおいて徹底的に手を入れるという真山仁は、おそらく、そのあたりの間合い、呼吸、熟成具合その他諸々の見極めに優れた人なのだろうと思う。何よりも彼の作品は情報小説の側面もあって、その時々の状況によってあっという間に古くなってしまう種々の情報を、持ち前の取材力を駆使して作品上に結実させている。だが、そのときに是非とも注目していただきたいのは、彼の作品の隠された構成要素として、いつも「裏切り」と「正義」という主題が入っていることだ。これが真山仁の小説の最大の特徴だ。
 人間は、情報──ことに損得が絡む情報を取り扱うと、それによって簡単に浮いたり沈んだり、流れたり流されたりするものだ。情報には常に表と裏の面があって、どちらの面が出ても容易に踊らされるのが人間なのである。真山仁は、そういったいかにも「人間らしい」登場人物を描くのが抜群に上手い。そしてまた人間同士の勝負を決めるやりとりがある中では、事情はともあれ当然のごとく逸脱する者が出てくる。そこには、まあ間違いなく裏切りの要素がつきまとっている。《ハゲタカ》シリーズは、まさにそうした情報の重みや怖さ、有り難みを知り尽くした人間たちが、これを武器として互いの血肉を喰らいあう熾烈なさまが描かれていた。また他の作品でも、政治家や経営者など強い立場の者が情報によって世論操作をするときの思惑、狙いを暴くことで、権力者側のからくりだとかメカニズムの実態、恐ろしさを明らかにしていた。これもまた現実への照射だ。
 そんな彼が「このジャンルを書きたくて作家になった」と大見得を切り、自信のほどを見せたのが本書なのである。このジャンルとは、好きで好きで「食べるように」読んできたというスパイ小説、謀略小説の世界であった。

トリガー 上 著者 真山 仁 定価: 748円(本体680円+税)
トリガー 上 著者 真山 仁 定価: 748円(本体680円+税)

 スパイの歴史は限りなく古い。
 一説によれば、諜報活動の歴史はエデンの園にまで遡ることが出来るという。悪魔の蛇は、イヴを勧誘するために爬虫類に偽装した敵のエージェントだったというのだ。ほかにもモーゼやヨシュアはスパイマスターだったとしたり、キリストを裏切ったユダはローマ人が用いた内通者だったとする説もある。
 これらの話が冗談で済まないのは、かつてCIAが「聖書におけるスパイ活動」というおよそ信じがたい研究を行っていたことでもわかる。それによると、モーゼやヨシュアがカナンの地やエリコの町などで展開した作戦と、そこで放ったスパイたちが帰って報告する際の方法に関して(公開の場で報告させるか、秘密裡に行うかなど)詳細な分析がなされていたというのだ。
 あるいはまた、シリアで発掘された紀元前十八世紀の天日干し粘土板には、スパイを持ち駒として使っていたことが記されている。さらには古代中国や日本の統治者たちは、諜報活動を国政の手段としていた……など、多くの史書をひもといてみても、政治的・軍事的事件の際には密使、密偵が暗躍したことがしばしば言及されている。かのナポレオンにしても、適所に配置したふたりのスパイは、戦場における二万人の精兵に匹敵するとまで言っているのだ。
 きわめつけは、一七六八年から一七七一年にかけて刊行された最初の『大英百科事典』だろう。そこにはすでに〝スパイ〟の項目が設けられており、「他国の、特に対抗陣営の側にある国家の動向等を監視すべく雇用された者」と定義され、「スパイ行為が発覚した際には即刻、絞首刑に処せられる」と付け加えられてあった。
 かくのごとく、スパイの歴史は古い。
 しかしながら、スパイの歴史は古くとも、スパイ小説の歴史となると、それよりもはるかに新しくなる。それを書き始めるときりがなくなるので、ごくごく簡単に紹介すると、近代スパイ小説はドレフュス事件(一八九四~一九〇六)という一大政治スキャンダルが刺激となって、二十世紀のはじめ、イギリスで生まれた(一八二一年に書かれたアメリカのJ・フェニモア・クーパー『スパイ』や、マーク・トウェインの一部作品などについてはここでは触れない)。
 代表的な作品を列記すると、アースキン・チルダーズ『砂洲の謎』(一九〇三)、ジョゼフ・コンラッド『密偵』(一九〇七)、ジョン・バカン『三十九階段』(一九一五)、サマセット・モーム『アシェンデン』(一九二八)などがあり、一九三〇年代に入ってからはエリック・アンブラーやグレアム・グリーンの登場で、いよいよ本格的にスパイ小説の時代が開幕する。
 これらの作品は文学的にもそれぞれに重要な作品で、語ろうと思えばいくらでも語れるのだが、中でもコンラッドの『密偵』は、それまで誰も触れることのなかった陰謀、サボタージュ、ダブルスパイ、裏切りなどの暗黒世界が描かれ、その背後にある陰鬱な状況を浮き彫りにしてみせたことで特筆に値する。余談になるが、CIAの第五代長官だったアレン・ダレスは、自叙伝『諜報の技術』(鹿島研究所出版会)の中で各種スパイ小説をボロクソにけなしながらも、ただひとつ、
「私が最も興味あると思う諜報活動に関する文学は、コンラッドの書いたような小説である。つまり、スパイや内通者や裏切り者たちの動機を扱うような話である。自分の国を裏切ってスパイをした人々の中には、イデオロギーに基づくスパイもおれば、陰謀が好きでスパイになった者もいるし、金銭目当てのスパイもおれば、また罠にかけられたためスパイをする者もいる」と述べている。
 まさしく『密偵』に描かれる好色な主人公ヴァーロックは、低俗さを象徴したような人間的な動機でスパイになっていた。ダレスにとっては、そのあたりの倫理的な葛藤を読み込む、最適な古典テキストであったのかもしれない(と同時に、リクルートする際の参考にもしていたかも)。とはいえ、現実のスパイの頭目が認めるほど、よく描けていたということだろう。
 しかしそこで思うことは、スパイ小説にはその初期のものからすでに外部の敵と、人間の内部に潜む内なる敵の両方が描かれていた事実だ。これはスパイの歴史の古さ、スパイという存在の古さ、多面性を見事に映し出したものと言えようか。ただし、スパイ小説がもっと広く世間一般に知られるようになり、人気となるのはやはり第二次世界大戦以降だろう。ソビエトという西側陣営共通の、目に見える敵が登場したことが拍車をかけたのだった。それを敏感に捉えて娯楽作品に仕立てあげ、世界的なベストセラーとなったのがイアン・フレミングの007シリーズである。また一方で冷戦という現実は、スパイ小説にも多大な影響を与え、ジョン・ル・カレの傑作『寒い国から帰ってきたスパイ』(一九六三)を生む。ここにはフレミングの勧善懲悪の世界とは違う、不条理な諜報活動のメカニズムそのものが敵として主人公の前に立ちはだかっていた。
 それから多くのスパイ小説家が登場するのだが、思いっ切り乱暴な言い方をすると、これ以降の冷戦時代におけるスパイ小説は『ロシアから愛をこめて』(一九五七)と『寒い国から帰ってきたスパイ』を両極にして、その間で運動を繰り返してきたと言い切って構わないかもしれない。
 そしていま、東西冷戦構造が崩れてからというもの、世界は混沌とした状態に陥っている。もちろん今でも局所的な敵は存在する。しかし単純にあの国が敵だ、このテロ組織が許せないという問題ではなくなっているのだった。
 そこに加えて、IT技術や最新機器の発達と共に、途方もない脅威、怪物が顕在化してきたのである。真山仁はいち早くその存在に注目し、作品化することで警告を与えてきたように思う。
 金融──マネーという化け物がそれだ。
 こいつには主義も主張も、イデオロギーも思想もない。しかし瞬時に国境を越えることができ、世界中で猛威を振るうのだ。真山仁はこのマネーの恐怖を、ル・カレ『ミッション・ソング』(光文社文庫)の解説で、
「そこに利があれば、怒濤のようにカネが流れる。中央銀行を次々と破綻させたり、世界各地で紛争を煽り、火のないところに煙を呼び込む。大義ではなく欲望が闊歩し、政府も国際機関も歯止めが利かない。いや、国家さえもが欲望の虜になってしまったのだ」と指摘している。
 敵はもはや特定のものではなく、国境を越えて地球的規模で跋扈する〝グローバリゼーション〟そのものなのだった。そしてマネーと情報は、国境を簡単に越える圧倒的な力を持った武器となり、それまで考えもしなかったビジネスが生まれることになる。
 このとんでもない化け物が、本書においても一番深い根っこの部分で横たわっている。ある人物が「全てに於てマネーを優先し、リスクを取らない為政者が権力を維持するために、かつてスパイと呼ばれた者たちが命がけで守ってきたものを、次々と捨てていく」と物語の後半で語っているが、そこには現実社会の力学がそのままトラジ・コメディ(悲喜劇)となって成立し、常態化する様子が描かれていた。とこれでは先走りしすぎか。

 本書の内容を一言で要約すると、これは日・韓・米・北朝鮮が絡む最先端の謀略小説である。以前から日本はスパイ天国と称され、この|《トーキョー情報市場》を舞台にして、さまざまな国のスパイたちが暗躍していたといわれる。現在でも先の四つの国に中・ロも加えた、対角線上に重ねられた対立構図による東アジアの秩序体制は、なお一層利害の複雑さを増してきている。このような状況下でのスパイ活動は、国益を守るために必要な情報活動(インテリジェンス)と諜報活動(エスピオナージ)があって、問題となるのはもちろん後者のほうだ。その活動内容は謀略(フレーム・アップ)および破壊工作(サボタージュ)という隠密活動と舞台裏の政治活動、汚れた政治工作である。その中でも最も極端な例が殺人・暗殺なのだが、要するにみな大義ある政治絡みなのだ。ということはつまり、極端に言うとスパイ小説は、同時に政治小説でもあるということになる。
 だが、そこに今はマネーという政治もクソもない、大義の欠片もない厄介な化け物が進出し、これをビジネスにする連中が表舞台に登場してきたのであった。
 本書には、こうしたすべてのスパイ活動が見事に描かれている。しかもエンターテインメントとしての面白さも超弩級だ。
 舞台は二〇二〇年の東京オリンピック。馬術競技の韓国代表で、大統領の姪でもある女性検事が五輪直前、二度にわたって凶弾に襲われる。彼女は、ある不正に関する極秘捜査を行っており、襲撃者はそれをやめるようにと脅し、警告したものと思われた。彼女はそれに屈することなく競技に臨もうとする。滞在中は日韓の警察が協力して警護にあたる。
 また一方で、在日米軍の女性将校がホテルで惨殺され、北朝鮮の工作員三人が相次いで不審死するという事件が発生する。この事件に対して、国家安全保障会議(NSC)から調査を依頼された元内閣情報調査室長は、ひそかに北朝鮮潜入工作員の元締めと接触し、水面下で共同戦線を張ることに。
 そんな緊張感をはらみながら、七月二十四日、ついにオリンピックが開幕。はたして馬術競技会場では厳重な警備体制が敷かれていたにもかかわらず、一発の銃弾が放たれた。
 スパイ小説の筋を紹介するのは、作者にも読者にも失礼だと言ったのは開高健だった。だが本作は登場人物の多さと人間関係の複雑さに加え、次から次へと目まぐるしく語り手の視点が変わっていき、およそ予想もつかない衝撃の展開が続いていく。これから一体何が始まるのか、どんな事態が待っているのか、まったく先が読めないのだ。しかしこれが実に心地よい。まさに物語の迷宮に連れ込まれていく気持ちになるのだった。
 また真山仁は小憎らしいことにその合間合間に、小さなトリビア・ネタを挟んでいくことでスパイ小説ファンの心を摑んでいく。たとえば、冒頭場面で女性検事キム・セリョンが手にしていた本は、ジョン・ル・カレの『繊細な真実』で、これは巻末の参考文献にも載っている。もう一冊の古びた英字のペーパーバック、パール・S・バックの“Command the Morning”は、本国では一九五九年に出版され、日本では約五十年後の二〇〇七年に刊行された『神の火を制御せよ 原爆をつくった人びと』(径書房)のことだ。原爆製造のマンハッタン計画に携わった科学者たちの開発状況と苦悩、葛藤、恋愛、夫婦の確執、被爆、暗躍するスパイなどの模様が描かれている。ちなみに、バック女史には「敵は家のなかに」という、中国人青年の日本軍に対するスパイ活動を描いた短編もある。
 それから、北朝鮮工作員の元締めが〝眠りネズミ〟とランデブーしたときに入った映画館で上映していたのは、二〇一二年に封切られた英国スパイ映画の続編ということだが、当然これは本書が書かれた時点ではまだ製作されていない。ただし二〇一二年の映画というのは『裏切りのサーカス』で、原作はジョン・ル・カレ『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』である。すると続編は『スクールボーイ閣下』か『スマイリーと仲間たち』か。まさか一挙に時間をとんで、世紀を跨いだ続編『スパイたちの遺産』ということはないだろう。ともあれスクリーンから〝ピーター〟という若手情報部員を呼ぶ声が聞こえたというんだから、ピーター・ギラムのことだと思われる。
 また警備部の藤田陽介巡査部長と捜査一課の望月礼子巡査部長が、狙撃犯の技量について会話しているときに出てくるボブ・リー・スワガーとは、スティーヴン・ハンター『極大射程』(扶桑社ミステリー)を初めとするシリーズの主人公の、天才的なスナイパーのことである。
 あとひとつ。本書の中で日本の内閣総理大臣が、韓国との関係や事件の対応についてある決断をするのだが、その模様が「歴史的瞬間」という、文庫で三ページほどの掌編(『プライド』新潮文庫に所収)を思い出させて笑った。日本の総理は、決して自分で判断してはいけないのだ。
 ああ、まだほかにも書きたいことはいくらでもあるのだが、さすがにちょっと長くなりすぎてしまった。
 それにしても、改めて思うのは、ここに描かれた物語の凄味と奥深さだ。
 スパイ──spy という言葉は、もともとは「見る」「見つける」という意味である。鬼ごっこで隠れた子を探しあてると、鬼は「アイ・スパイ」つまり「見いつけた」というのだ(もちろん、スリーパーを発見したときも同様だ)。スパイは主として物事の背後にある秘密を探り、他人の心の秘密を解こうとする。「見」ようとする。そのときスパイの心の中には愛、憎悪、欲、虚無、絶望、嫉妬、喜び、勝利感、屈辱、整然たる論理の快感、逆説、演技本能の満足感、恐怖……とそれはもういくつもの感情が渦巻いている。スパイは人間の精神の実験室というか、人間の精神の黒いエッセンスと言ってもよい。多かれ少なかれ、誰もが誰かを「見」ようとする。そして「見る」ことは一生続くのだ。そういう人間の存在の内にスパイが生まれる。
 そんなふうに生まれたスパイたちが、個人として組織の中に組み込まれ、国家のために働き、最終的に何を得るのか。一体何を「見る」のか。
 それはとりもなおさず、私たちがどんな世界に生きているのかということに繫がるのだが──作者・真山仁は、本書に描かれる凄まじい物語を通してそのことを確かに伝えようとしている。

■作品紹介

米軍が“外注”される日!? 東京五輪で起きた暗殺事件――『トリガー』真山仁...
米軍が“外注”される日!? 東京五輪で起きた暗殺事件――『トリガー』真山仁…

トリガー 上/下
著者 真山 仁
定価: 748円(本体680円+税)

米軍が“外注”される日!?
真実を求めて照準は揺れる!?
東京五輪で起きた馬術競技韓国代表キム・セリョン暗殺事件。背後には日米韓を揺るがす極秘情報が存在していた。事件収拾の責任者として内閣参与に就いた元内調室長の冴木は、北朝鮮の工作員・和仁と手を組み、真相に迫ろうとする。一方、セリョンのSPを務めた藤田は、彼女を守れなかった悔恨を胸に、真犯人と彼女が遺した“データ”の行方を追っていた。すべてのカードが開かれたとき、世界は予想を超えた新しい顔を見せる!

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トリガー 下 https://www.kadokawa.co.jp/product/322001000225/
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KADOKAWA カドブン
2021年04月26日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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