テスカトリポカ 佐藤究著 KADOKAWA

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テスカトリポカ

『テスカトリポカ』

著者
佐藤 究 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041096987
発売日
2021/02/19
価格
2,310円(税込)

書籍情報:openBD

テスカトリポカ 佐藤究著 KADOKAWA

[レビュアー] 宮部みゆき(作家)

 この風変わりなタイトルは、古代アステカの神の名前だ。その意味は「煙を吐く鏡」。アステカの神々のなかでも最強で最凶のこの謎めいた神の正体は、本書の物語の核でもある。

 メキシコ麻薬戦争のなかで、国の北東部を支配する密売組織<ロス・カサソラス>のボスの一人バルミロが、敵対する新興勢力の攻撃によって家族を皆殺しにされながらもかろうじて生き残り、地球を半周して日本まで逃げてくる。神奈川県川崎市の片隅に身を落ち着けたバルミロは、ここで新たなビジネスを始めて資金を稼ぎ、彼の手足となる子飼いの殺し屋(シカリオ)をスカウトして養成し、故郷に返り咲くことを志す。

 <ロス・カサソラス>は、バルミロを含む四人兄弟が血の絆で守り抜いてきた組織だ。それが戦争という言葉がふさわしいレベルの大規模な攻撃で壊滅させられたあと、苦難の逃亡ルートをたどるバルミロは、孤独のうちに一族の歴史を振り返り、兄弟を育んでくれた祖母の教えを思い起こした。一五二一年に征服者(コンキスタドール)によって滅ぼされた古代アステカ王国の神々は、今も怒りに燃えている。闇ルートで世界じゅうに拡散し、あらゆる捜査機関の必死の追及を嘲笑(あざわら)いながら莫大(ばくだい)な富を吸い上げ続ける麻薬カルテルは、祭祀(さいし)を断たれたアステカの神々の加護を受けているのだ。止(や)むことのない麻薬禍は、アステカの神々が征服者たちの築き上げた偽りの国際社会にかけた呪いだ。麻薬密売人は、誰よりも強い信念でこの神々に仕える戦士なのだ――と。

 麻薬という呪いと、血と生贄(いけにえ)を求める古代の神々。想像を絶する激しい暴力の果てに現れる血肉を備えた神の姿。登場人物ほぼ全員悪党なのに、奇妙な愛嬌(あいきょう)とユーモアがあって、恐ろしいのに魅力的だ。バルミロとめぐり会うもう一人の主人公に至っては、素朴で可愛(かわい)らしくさえある。単行本で五五〇ページ余、一瞬のゆるみもない傑作だ。

読売新聞
2021年4月18日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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