ウナギが故郷に帰るとき パトリック・スヴェンソン著 新潮社

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ウナギが故郷に帰るとき

『ウナギが故郷に帰るとき』

著者
パトリック・スヴェンソン [著]/大沢 章子 [訳]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/外国文学、その他
ISBN
9784105072414
発売日
2021/01/27
価格
2,420円(税込)

書籍情報:openBD

ウナギが故郷に帰るとき パトリック・スヴェンソン著 新潮社

[レビュアー] 小川さやか(文化人類学者・立命館大教授)

 世界各地で高く評価された本書は、不思議な魅力をもった本だ。ウナギの神秘的な生態を解き明かそうと格闘した研究者たちの精巧なサイエンス・ノンフィクションであり、ウナギ釣りをした父とのエピソードを綴(つづ)りながら、人間の意識や信念、時間、生や死、人生について思索を重ねたオートエスノグラフィでもある。

 アリストテレスの時代から数多(あまた)の研究者がウナギの謎に魅せられた。ウナギはどこで生まれるのか? 生殖方法は? 雌雄の区別は? その中には後に精神分析学者となった若きフロイトも含まれる。現在までに解明された謎もある。ヨーロッパウナギは、サルガッソー海で生まれてすぐ、メキシコ湾流に押し流され、何千キロも漂ってヨーロッパ沿岸にたどり着き、シラスウナギ、黄ウナギ、銀ウナギへと変態し、ふたたび故郷サルガッソー海へと帰っていく。だが、いまだにサルガッソー海でウナギが産卵するのを証明した者はいない。新たに生まれた謎も多い。残された時間はわずかだ。理由は不明だが、ウナギは絶滅に瀕(ひん)しているのだ。

 生物に関する科学的研究は、まず何かが「存在する」ことを証明してはじめて、「それがどういうものであるか」という問いに目を向けることができる。その事実が集積されてようやく「なぜそのようであるか」という問いに取り組むことができる。だが「それが何ものか」を完全に知りえないが、「なぜ」という問いに心を奪われる時、科学を信じている者さえも、不可知なものの存在に哲学的・文学的な思考を刺激される。本書自体がそのことを体現している。

 自分は誰か。どこから来て、どこへ向かうのか。いかにして人生の目的を知り、いつどのように故郷に帰るのか。ウナギをめぐる問いが人間なるものをめぐる問いと響きあう。それは故郷を出奔した著者自身の問いであり、誰しもが一度はふと考える根源的な問いでもある。大沢章子訳。

 ※原題 The Gospel of Eels

読売新聞
2021年4月18日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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