人がつなぐ源氏物語 伊井春樹著 朝日選書

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人がつなぐ源氏物語 藤原定家の写本からたどる物語の千年

『人がつなぐ源氏物語 藤原定家の写本からたどる物語の千年』

著者
伊井春樹 [著]
出版社
朝日新聞出版
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784022631046
発売日
2021/02/10
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

人がつなぐ源氏物語 伊井春樹著 朝日選書

[レビュアー] 梅内美華子(歌人)

 「源氏物語」の作者紫式部の筆による原本は残らず、書写本の転写が繰り返され今に伝わる。紙(料紙)が貴重で印刷技術がなかった時代、転写の過程で誤写や書き換えなどが生じ本文は乱れ複雑化していったという。

 本書の副題は「藤原定家の写本からたどる物語の千年」。鎌倉時代に活躍した歌人定家は作歌だけではなく「古今和歌集」や「伊勢物語」の書写や校訂に取り組み、主要な王朝文学を後世に伝える功績を残した。承久の乱後、60歳を過ぎてから精力的に取り組んだ仕事だ。定家の日記「明月記」に、ある貴族から預かった源氏物語を自家にある本と照合して言葉を直したという記載がある。誤記や脱字をチェックできる、つまり古典に精通する歌人として信頼されていたことがわかる。

 2019年、定家直筆の「若紫」の巻が発見された。書写の最も古い形が現れたのである。著者はこの発見にあらためて本文研究の意義を覚えたという。そこに書かれているのは、いま読まれている本文と違いがあるのかどうか。

 定家による「青表紙本」、源光行・親行による「河内(かわち)本」は写本を校訂し〈標準の物語本文を作成しようとした〉もの。後世の宗祇、三条西実隆ら文化人の書写と探究が続く。連歌や俳諧など庶民に普及する元になったダイジェスト版も作られた。そして本文研究の基礎を築いた池田亀鑑。著者は諸本の比較や異同、注釈書が加わった過程を掘り起こし整理しながら解説する。学術的な面はもちろんあるが、源氏物語という宝物をリレーで運んだ長い旅が見渡され、メイキング版を辿(たど)るような展開である。若宮誕生祝いに源氏の冊子を製作させた紫式部の主人中宮彰子。源氏に耽溺(たんでき)した「更級日記」の少女や建礼門院右京大夫。音読した徳川家康のエピソードなども、源氏に惹(ひ)かれてやまない日本人の憧憬(しょうけい)の在り処(か)を考えさせ、いまも決して遠くない。

読売新聞
2021年4月18日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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