気鋭の作家が読む、桜庭一樹×手塚治虫の時空を超えた命の物語――桜庭一樹著/手塚治虫原案『小説 火の鳥 大地編(上・下)』(山下紘加 評)

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小説 火の鳥 大地編 上

『小説 火の鳥 大地編 上』

著者
桜庭一樹 [著]
出版社
朝日新聞出版
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784022517432
発売日
2021/03/05
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

小説 火の鳥 大地編 下

『小説 火の鳥 大地編 下』

著者
桜庭一樹 [著]
出版社
朝日新聞出版
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784022517449
発売日
2021/03/05
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

時空を越える生命体と翻弄される人々の姿

[レビュアー] 山下紘加(作家)

 もしも時を巻き戻せるとしたらどうするだろうか。もしも永遠の命を手にすることができるとしたら─? 

 本作は、それらの“もしも”を実現可能にする「不死鳥(フェニックス)」を巡り、様々な人々の人生や歴史が流転する、壮大なSF歴史超大作である。舞台は一九三八年、日本占領下の上海。三田村財閥の総帥・三田村要造が企てた「關東軍ファイアー・バード計画」で物語は幕をあける。燃え盛る火から生まれ、時を巻き戻すことを可能とする「火の鳥」。その調査隊となったのが、關東軍少佐・間久部緑郎、彼の弟の正人、上海マフィア青幇のスパイ・ルイ、滅亡した清の皇女・芳子、ウイグル語も話す謎多き美女・マリア、そして火の鳥の研究をする猿田博士。「火の鳥を探しだす」という目的は一つだが、隊員それぞれに思惑があり、誰もが怪しく、敵か味方かわからず、ハラハラしながら読み進める合間にも彼らの身に思わぬ騒動が巻き起こり、手に汗握る展開が続く。地上から跳躍し、空中で戦いを繰り広げる登場人物たちの姿が印象的だ。舞いあがる砂埃、天高く鳥のように飛翔する身軽な身体、鍛え上げた筋肉のうねり、力強く地に叩きつけられた銃─。前進と後退、激しさを増す息遣いに、乱れた長い髪、一瞬の隙を突いて肩から流れ落ちる真っ赤な血は、砂漠の夜の闇に残酷なまでに映える。

 物語に大きな起伏が生まれるのは、隊員の一人であるマリアの秘密が明らかになり、計画の実行役となった要造が火の鳥の真相を語り始めるところからだ。ここから、私は物語の世界に一気に引き込まれた。一八九〇年の春、民間人として恋愛や政治談議に花を咲かせるごく普通の青年が、火の鳥との出会いから、やがては国家の為に軍事協力を余儀なくされ、歴史を動かす大きな責務を背負わされていく。中でも、政府からロシアのバルチック艦隊が対馬海峡と津軽海峡、どちらのルートを進んでくるかとの未来視を迫られ、動転するあまり賭けに出る要造と、反復する世界で巻き起こるスリリングな顛末には息をのんだ。国家の命運、国民の命がかかった緊迫感あふれるシーンである。にも拘わらず、時を戻す前後の要造の焦燥と絶叫はどこか痛快だ。事実を何も知らない要造の妻・夕顔が、夫の言葉を信じて時を巻き戻す行為に加担する、彼らの夫婦愛と絶妙なコンビネーションもまた爽快だった。

 東郷平八郎や山本五十六といった実在した歴史上の人物、戦争などの史実に絡めて火の鳥のエピソードが織り込まれているのも本作の大きな魅力のひとつだ。

 終盤、歴史を変えてしまったことへの功罪に苦しみ、無力さに葛藤しながらも己の手で懸命に道を切り開いていこうと奮闘する人々の姿は勇ましく、読後、登場人物すべてに愛おしさが込み上げてくる。本作において、ファンタジーでありながら、全編を通して人間の確かな息遣いが感じられるのは、血と汗と涙を流しながら大地を這いつくばり、命の炎を燃やし続けた人々のリアルがそこにあるからだ。

河出書房新社 文藝
2021年夏季号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

河出書房新社

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