庶民の姿をユーモアとペーソスで描く傑作短編集――『オー・ヘンリー傑作集2 最後のひと葉』【訳者あとがき】

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オー・ヘンリー傑作集2 最後のひと葉

『オー・ヘンリー傑作集2 最後のひと葉』

著者
オー・ヘンリー [著]/越前 敏弥 [訳]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784041092408
発売日
2021/03/24
価格
726円(税込)

書籍情報:openBD

庶民の姿をユーモアとペーソスで描く傑作短編集――『オー・ヘンリー傑作集2 最後のひと葉』【訳者あとがき】

[レビュアー] 越前敏弥(翻訳家)

文庫巻末に収録されている「訳者あとがき」を特別公開!
本選びにお役立てください。

■『オー・ヘンリー傑作集2 最後のひと葉』訳者あとがき

 オー・ヘンリーの傑作短編集の第二弾として、表題作「最後のひと葉」を含めた十二編をお届けする。もちろん、第一集『賢者の贈り物』と、どちらを先に読んでもかまわない。第一集はほとんどの作品がニューヨーク市、それもマンハッタン島の南側のブロードウェイ近辺を舞台としていたが、この第二集はニューヨーク市だけでなく、南部などの大小の都市で暮らす人々の姿も、同じように生き生きと描かれている。
 オー・ヘンリーの経歴や作品群の特徴に関しては、第一集の飯島淳秀氏の解説や訳者あとがき、さらにはこの第二集の末尾に付した年譜を見ていただくとして、ここでは第二集に収録された十二作品それぞれについての雑感を記すことにする。結末を明かすものもあるので、できれば各作品を読み終えてから見ていただきたい。

オー・ヘンリー傑作集2 最後のひと葉 著 オー・ヘンリー 訳 越前 敏...
オー・ヘンリー傑作集2 最後のひと葉 著 オー・ヘンリー 訳 越前 敏…

「最後のひと葉」
 オー・ヘンリーの全作中で、おそらく「賢者の贈り物」と並んで最も有名な作品だが、女性ふたりが主人公となるのは、この作家のものではかなり珍しい。また、最大の特徴とされる「皮肉などんでん返し」も「ユーモアとペーソス」も、特に顕著に見られるわけではない。にもかかわらず、これが代表作とされ、長きにわたって全世代から支持されてきたのは、圧倒的な美しさと力強さを具えた「生」の讃歌であることと、あまりにも巧みな小道具(ツタの葉)の使い方ゆえではないだろうか。もちろん、登場機会はけっして多くないのに強烈な印象を残すベアマン老人の造形によるところも大きいだろう。

「二十年後」
 こちらは男ふたりの友情物だが、いささかミステリー風の味わいがある。若いころ、ちょうど二十年後に再会しようとしたふたりの一方が他方を待っている。相手はほんとうに現れるのか、どうなのか。やがて、いかにもオー・ヘンリー作品らしい意外な結末が訪れるが、よく読み返してみると、いくつもの個所にさりげなく伏線が仕込まれているのがわかる。途中で視点が変わったり、手もとがクローズアップになるかのような映像的な描写があったり、短いながらもていねいに作りこまれた作品だ。

「救われた改心」
 天才的な金庫破りを主人公とする、ロマンスやサスペンスの要素をバランスよく配した佳作で、改心した悪党を刑事が追う作りは『レ・ミゼラブル』などを髣髴させる。のんびりとした前半とは打って変わって、終盤は緊張感に満ちた展開となる。
 原題の〝A Retrieved Reformation〟をどう訳すかはなかなかむずかしく、過去にさまざまな訳題がつけられてきたが、今回の新訳では、危機に瀕した「改心」が間一髪のところで「救済」されるという構造を前面に出したタイトルにした。

「犠牲打」
 犠牲打というのは、もちろん野球の用語で、おもに送りバントを指すが、これは失敗したときのダメージが強烈だ。この作品での犠牲打とは、売れない作家が自作を雑誌に掲載してもらうためだけに結婚したくもない女と結婚するという「大胆な捨て身の企て」を指す。当事者としては真剣そのものだが、結末は何度読んでも噴き出してしまう。それはこの秀逸なタイトルによるところが大きいのではないだろうか。

「魔女のパン」
 善意がつねに実を結ぶとはかぎらないことは、ある程度の歳になればだれもが知っている。ときには、思いがけない理由から残酷な結末がもたらされる。どちらへ転ぶかわからないから、オー・ヘンリーの作品は最後まで目を離せない。
 少年時代から画才も発揮した作者は、二十代のころ、製図係補佐として土地管理局に勤務していた。この作品には当時の経験が生かされているにちがいない。

「水車のある教会」
 オー・ヘンリーは病弱な妻アソルに先立たれたが、銀行の資金横領疑惑でニューオーリンズやホンジュラスへ逃亡したり、のちに執筆のためにニューヨークへひとりで移り住んだりで、ひとり娘のマーガレットと暮らせない期間が長かった。会えない娘への切ない思いが最良の形で結実したのが、この心やさしい作品ではないだろうか。
 狭軌鉄道が走る山の斜面、その下を流れる川、深い森にたたずむ水車小屋。作者とマーガレットがのんびりとマツの林を歩く姿が見えるような気がする。

「運命の衝撃」
 この作品に出てくるマディソン・スクエア・パークは、有名なマディソン・スクエア・ガーデンから少し離れたところにある公園である。第四代大統領ジェームズ・マディソンにちなんで名づけられ、一八四七年に公共の公園として正式に開園した。
 華やかなニューヨークの中心部にあるのどかな公園で、弱そうで意外に強い男と、強そうで意外に弱い男の運命が交錯し、思いがけない結末へと導かれていく。人生の喜怒哀楽が凝縮されたような物語である。

「ラッパの響き」
 実直な刑事ウッズは、旧知のカーナンが殺人事件の犯人だと突き止めたにもかかわらず、相手からかつて金を借りたことがあるせいで逮捕に踏みきれない。しかし、新聞社を利用する捨て身の妙案を思いつき、巧みに正義を実行する。いわば「犠牲打」の裏返しの作品だ。
 タイトルのラッパは、正確にはクラリオンという高音の金管楽器である。カーナンの完全犯罪の終わりを告げるその音は、勝利のファンファーレでもあるだろう。

「ジェフ・ピーターズの人間磁気」
 自分が詐欺師の被害に遭ったらたまったものではないが、小説や映画に登場する詐欺師は魅力的な人物が多い。ジェフ・ピーターズもそのひとりで、オー・ヘンリーはよほど気に入ったのか、このジェフ・ピーターズと相棒アンディ・タッカーの話を十数作書いて、短篇集 The Gentle Grafter としてまとめている。
 とりわけこの「ジェフ・ピーターズの人間磁気」は出色の出来で、あのエラリー・クイーンも、みずから編纂したアンソロジーに二度選んでいる。

「運命の道」
 オー・ヘンリーの作品としてはかなり長く、三部構成の作りであるとも言える。舞台は王制が敷かれていた時代のフランス。詩人になることを夢見る羊飼いに三つの将来が提示され、どれを選ぶのがよいかという展開となる。なんとも皮肉な三つの結末は、発表当時には賛否両論を呼んだらしいが、みなさんはどう感じただろうか。
 三つの選択は、結局のところ、代わり映えのしない人生の縮図なのか、あるいは本質の部分で異なるのか。それぞれの生き方は何か大きなものを暗示しているのか。読書会などで論じ合うのにぴったりな作品だ。

「都市通信」
 南部の街ナッシュヴィルの歴史や特徴をガイドブックさながらに紹介しつつ、一ドル紙幣の謎をめぐるミステリーも織り交ぜて、街のさまざまな人間模様をコミカルに描く、技巧豊かで味わい深い作品である。
 だが、その根底には、無意識ではあっても確実に黒人への人種差別が存在する。この作品には、現代では冷や汗をかきそうな言いまわしが散見されるが、当時の感覚を知ってもらうために、あえてそのままのニュアンスで訳してある。

「赤い酋長の身代金」
 傑作集の最後に配したのは、数多いヘンリーの短編のなかでも、とりわけユーモアにあふれた楽しい作品だ。ならず者のふたり組が、裕福な家庭の子供を誘拐するが、これがどうにも手のつけられない悪童だった。誘拐犯のふたりが子供に振りまわされるさまがなんとも滑稽で憎めず、読んでいて笑いが止まらない。
 誘拐された子の父親は「金にしぶくて、高利貸しまでやって」「教会で献金皿がまわってきても、おつぎへどうぞと知らん顔する」したたかな人物で、名前がエベニーザー。そう、オー・ヘンリーは、ディケンズの『クリスマス・キャロル』のあの強欲な老人エベニーザー・スクルージをさりげなく〝登場〟させ、この作品の楽しみを倍加させている。

■作品紹介

庶民の姿をユーモアとペーソスで描く傑作短編集――『オー・ヘンリー傑作集2 ...
庶民の姿をユーモアとペーソスで描く傑作短編集――『オー・ヘンリー傑作集2 …

オー・ヘンリー傑作集2 最後のひと葉
著 オー・ヘンリー
訳 越前 敏弥
定価: 726円(本体660円+税)

オー・ヘンリーが庶民の姿をユーモアとペーソスで描く傑作短編集・第2弾!
ニューヨークの下町で、夢を追いながら共同生活を送る若い画家のスーとジョンジー。だが、秋の終わり、ジョンジーが重い感染症にかかり、窓の外のツタを見つめながら「あの最後の葉が落ちるとき、わたしも死ぬ」と言いだす。それを聞いた初老の貧乏画家は……(「最後のひと葉」)。
このほか、「二十年後」「犠牲打」「運命の衝撃」など、ニューヨークの片隅で懸命に生きる人々の姿を描いた作品や、「救われた改心」「水車のある教会」「都市通信」など、アメリカ南部の情緒と風情を盛り込んだ作品など、味わいあふれる名作12話を収録。
既刊の『オー・ヘンリー傑作集1 賢者の贈り物』の16編とあわせて、文庫では最多のオー・ヘンリー短編28作を収録し、ファン必携の決定版となっている。
カバー絵は、オー・ヘンリーと同じように晩年の10年足らずで数多くの傑作を残し、壮絶な人生を駆け抜けたゴッホの名作「ひまわり」(東京・SOMPO美術館蔵)。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/321912000040/
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KADOKAWA カドブン
2021年04月28日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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