いきものがかりでカープがかり

レビュー

10
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小島

『小島』

著者
小山田 浩子 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103336440
発売日
2021/04/28
価格
2,090円(税込)

書籍情報:openBD

いきものがかりでカープがかり

[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)

豊崎由美・評「いきものがかりでカープがかり」

 小山田浩子のことを日本文学界の「いきものがかり」だと思っている。言うまでもなく、音楽のほうのそれではない。小説家の大半は「にんげんがかり」で、小説の多くは人間だけを中心とした世界を描こうとしているのだけれど、小山田浩子はちがうのだ。植物も含めた生き物全体の係なのである。デビュー作の「工場」からしてそうだった。

 山や森や河や海や大きな橋があり、住宅街や神社もあり、遊興施設や飲食店も揃っているようなひとつの街のごとく広い敷地を有するものの、いったい何を作っているのか杳として知れない工場を舞台にしたこの小説には、その土地の固有種であるウや洗剤や糸くずなどを食べている洗濯機トカゲ、体長が二メートルを超える個体もいると噂される灰色ヌートリアなど、けったいな生きものが生息。主要登場人物の一人に工場から与えられた仕事が、敷地内のコケの観察だったりするのだ。

 第一五○回芥川賞受賞作「穴」は、夫の転勤にあたって先方の実家のあいている借家に引っ越した三十歳の女性が、見たことのない黒い獣の後を追いかけ、川べりにあいていた穴に落ちてしまってからの怪異を描出。人界と異界を接続する現代版泉鏡花というべき作品になっている。

 日常が非日常にスルッと地滑りしていく感覚が鳥肌ものの十五作を収録した短篇集『庭』に至っては、ほとんどの作品がいきものがかり状態といっていい。蟹が産卵にやってくる女子校に通っていた〈私〉の物語「蟹」、動物園に流れる時間を、二組の家族と飼育員の声を重ねることで立体的に描き出す「動物園の迷子」、子供ができないことに負い目を感じている〈私〉が、夫の実家近くの温泉場で聞いた老女二人の会話をきっかけに仔犬を飼うことになる「名犬」などなど。小山田浩子のいきもの愛が横溢する一冊だったのである。

 三年ぶりの新作となる短篇集『小島』もまた然り。数えてみたら収録十四作品中十一作品において、いきものが重要な役割を果たしているのだ。

 大雨による災害で被害に遭った農家でのボランティア体験を綴った表題作の主人公〈私〉は、畑を覆った泥の除去作業中、ボランティア仲間が見つけて大騒ぎするバッタやカエルの種類が、トノサマバッタではなくショウリョウバッタであり、ヒキガエルではなくヌマガエルであると、その間違いを内心でいちいち訂正せずにはいられないくらい生き物に詳しい。かと思えば、「ヒヨドリ」の主人公の主婦はベランダに落ちてきたヒヨドリのヒナを触ることに、なぜか本能的な懼れを抱いてしまう。

 公園の茂みから突然飛び出してきて自分と幼い娘を驚かせた生き物が猫だと言い切る〈私〉のその確信が揺らぐ瞬間が恐ろしい「ねこねこ」。道にだらりと転がっている〈なにか金色のもの〉を家の中から見守って、それを踏んだか踏まなかったかを〈私〉にしつこく訊ねる幼い兄弟が不気味な存在感を放つ「けば」。近所に出没するようになった子猿の存在が、記憶の行き違いだったり、幼い娘を「スーちゃん」「スウちゃん」と微妙に違う発音で呼んでいたりと、夫婦間の齟齬を露わにしていく「子猿」。犬が飼いたいけれど、犬が飼える未来は自分にはないと諦めている主婦〈私〉の子育ての日常と実家で飼っていた犬の思い出を描いて、世間全般を覆っている沈滞感や諦念を浮かび上がらせる「かたわら」。

 そうしたはっきりとわかるいきものがかり作品以外でも、土手で発見した正体不明の木の実や、一人訪れるコスモス園、韓国の市場で屈強な男性の肩にうずたかく積まれた段ボールに入っている真っ白な卵、仲間はずれにされている園児が見つける毒草、祖母が丹精している庭にひっそりとあるミニチュアの家に小学校にあがる頃の〈私〉が願いをこめてそなえた赤い実といった、広い意味でのいきものたちが登場。各作品でそれぞれのくっきりとした輪郭が描かれ、現代ニッポンを陰鬱に包む空気や、そこに生きるわたしたちにとってのレゾンデートル(存在意義)と存在する不安、コミュニケーションの齟齬といったテーマの寓意として機能しているのだ。

 が、わたしたちは気づく。短篇集の最後のほうに連続して置かれた三篇「異郷」「継承」「点点」によって、小山田浩子がいきものがかりであるばかりか、広島東洋カープがかりでもあることを! この短篇集には小山田の“好き”と、幻視者たる小山田にしか見えない光景としての“今ここにある危機”が描かれて、在る。不穏と恐れと乾いた笑いが、在る。デビュー作からずっと在り、未来永劫在り続ける。

新潮社 波
2021年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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