• リングサイド
  • 侯孝賢(ホウ・シャオシェン)と私の台湾ニューシネマ
  • 泡
  • 野望の屍
  • 開化鉄道探偵

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川本三郎「私が選んだベスト5」

[レビュアー] 川本三郎(評論家)

 近年、韓国や台湾の小説が日本で広く読まれるようになっている。異文化というより同じ時代を生きる者としての共感が日本の読者にあるのだろう。

 台湾の若手作家、林育徳の『リングサイド』は熱烈なプロレスファンを描いた短篇集。実に面白い。

 台湾ではプロレスは超がつくマイナーなスポーツ。それを応援するファンのけなげな愛情が心を揺さぶる。

 プロレスが好きというと必ずあんなものはやらせだと批判される。それに対しプロレス好きの祖母はいう。「私らは“わざ”を観てるのさ。勝ち負けじゃないよ」。心がこもっている。

 プロレス好きが昂じて自らリングに立ち、大雨で観客のいない試合に出て敗れる男の話もいい。敗者へのラブソングが泣かせる。

 台湾が日本に近くなったのは映画の力が大きい。とくに八〇年代に紹介された侯孝賢(ホウ・シャオシェン)の数々の映画。

 朱天文の『侯孝賢と私の台湾ニューシネマ』は、侯監督の「恋恋風塵」「悲情城市」の脚本に参加した女性の少し早い回想記。

 まったく映画の伝統のないところから出発したがゆえに、自分たちの力を信じ独自のスタイルを作っていった。その試行錯誤こそが台湾ニューシネマを生んだ。

 映画の青春と、自分たちの青春が重なった幸福にあふれていて羨ましくなる。侯孝賢が向田邦子を好きというのがうれしい。

『火山のふもとで』の清潔な作風で知られる松家仁之の『泡』は、十代の少年がひと夏の体験で大人になってゆく成長物語。

 学校に行くのが嫌になった高校生が、夏、大叔父が住む海辺の町で過ごす。大叔父はジャズ喫茶を開いている、独身。風来坊の若者が店を手伝っている。

 どこの家族にも子供のいない“ぼくおじさん”がいるものだが、ここでもこの世捨人のような大叔父が主人公を自然に励ましてゆく。「男がどう大人になるのかは、いつの間にか、としか言いようがない」の言葉が心に残る。大人は余計なお節介をしない方がいい。

『泡』の大叔父は実はシベリア帰りで苦労してきた。現代が昭和の戦争とつながっている。

 昨年十月、八十六歳で亡くなった作家、佐江衆一の『野望の屍』は、自分の生きてきた戦争の時代を俯瞰で振返っている。小説というより現代史のおさらいの趣き。ヒトラーや石原莞爾らが語られてゆく。昭和九年生まれの作者としては自分が生きた時代をもう一度確認したかったのだろう。

 鉄道ミステリの多くは現代を舞台にしているが、山本巧次『開化鉄道探偵』は明治十二年、鉄道草創期の物語で新鮮。

 東海道本線の京都―大津間に建設されることになった逢坂山トンネルの工事現場で次々に事件が起こる。それを元八丁堀同心と若い鉄道技手見習が解決してゆく。

 二人もさることながら日本の鉄道建設に力のあった実在の井上勝が魅力的。

新潮社 週刊新潮
2021年5月6・13日ゴールデンウィーク特大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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