大森望「私が選んだベスト5」

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  • クララとお日さま
  • 過ぎにし夏、マーズ・ヒルで エリザベス・ハンド傑作選
  • 累々
  • ポストコロナのSF
  • 日々翻訳ざんげ エンタメ翻訳この四十年

書籍情報:openBD

大森望「私が選んだベスト5」

[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)

 カズオ・イシグロ待望の新作長篇『クララとお日さま』は、『わたしを離さないで』と同じく、SF的なモチーフを使ってミステリ的な仕掛けをつくる“未来の寓話”。語り手のクララは、AF(Artificial Friend)と呼ばれる子ども型ロボット。最新機種ではないものの、鋭い観察眼と高い学習能力を持ち、ショップの店頭で運命的な出会いを果たした少女の家に買われていく。そのクララの“人間ならざる知性の語り”が本書の最大の魅力。“人間の心を映す鏡”として使うだけでなく、AIの語りによって情報をコントロールし、読者の不意を突く。クララの必死の努力ははたして実を結ぶのか。胸に迫るロボット小説の新たな傑作だ。

 エリザベス・ハンド『過ぎにし夏、マーズ・ヒルで』は、世界幻想文学大賞受賞に輝く本邦初訳の中篇3篇(表題作はネビュラ賞も受賞)など全4篇の傑作選。表題作の舞台は、米国メイン州の海岸にあるスピリチュアリストの小さなコミュニティ。16歳の少女ムーニーが母親と暮らすその土地には“光の子ら”と呼ばれる奇妙な存在がときどき現れるというのだが。

 全体の半分近くを占める「イリリア」は、一族の数十人とNY郊外の邸宅群で育つ少女が主人公。やがて演劇の魅力にとり憑かれた彼女は、同い年のいとこと高校演劇「十二夜」のオーディションを受ける―とか粗筋を書いてもこの小説の魅力が全然伝わらなくてもどかしい。大家族の賑やかな暮らし、いとことの一途な恋、優しいおば、そして舞台の魔力。なんでもない日常描写まできらきら輝いて見える傑作。巻末の「マコーリーのベレロフォンの初飛行」では、かつてスミソニアン航空宇宙博物館に勤めていた中年男3人が島に集まり、ライト兄弟以前に空を飛んだ奇怪な飛行機の初飛行を記録した17秒のフィルムの再現に挑む。

 松井玲奈『累々』は5篇から成る連作集。『カモフラージュ』に続く2作目だが、小説技術はさらに進歩し、表に出さない“悪意”の描き方がすばらしい。それこそ直木賞候補になってもおかしくないレベル。反射的に“死屍累々”を連想させるタイトルも秀逸で、何が折り重なっているのかと読み進むうちに作者の術中にはまっていく。

『ポストコロナのSF』は、新鋭からベテランまで19人の作家が“コロナ禍後”をテーマに競作する書き下ろしアンソロジー。印象の強さでは、飛浩隆「空の幽契」と津原泰水「カタル、ハナル、キユ」が双璧か。濡れタオルを振り回す苛酷な対戦スポーツ“タオリング”を描く天沢時生の任侠SF「ドストピア」も印象的。他に、菅浩江、北野勇作、林譲治、若木未生、立原透耶、小川一水、長谷敏司、藤井太洋、柴田勝家、高山羽根子、小川哲、柞刈湯葉、樋口恭介らが参加している。

 田口俊樹『日々翻訳ざんげ エンタメ翻訳この四十年』は、ベテラン翻訳家が自身の訳書を読み返しながら、作品はもちろん、過去のさまざまな失敗や交友やエピソードについて語る爆笑エッセイ。今から40年前、原書に出てきた高級百貨店ブルーミングデールズが何なのかわからず、NY在住歴のある知人に訊いたら、「大手のスーパーですね」と言うのでその通り訳注を入れたところ、小林信彦の小説の中でいじられた―という逸話が傑作です。

新潮社 週刊新潮
2021年5月6・13日ゴールデンウィーク特大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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