権力分立論の誕生 上村剛著 岩波書店

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権力分立論の誕生

『権力分立論の誕生』

著者
上村 剛 [著]
出版社
岩波書店
ジャンル
社会科学/政治-含む国防軍事
ISBN
9784000614603
発売日
2021/03/25
価格
7,260円(税込)

書籍情報:openBD

権力分立論の誕生 上村剛著 岩波書店

[レビュアー] 苅部直(政治学者・東京大教授)

 国家の機能を立法・行政・司法の三つに分け、それぞれを別々の機関にふりわけることで、特定の集団や個人が権力を独占することがないようにする。この三権分立が日本の現行の政治制度の特徴であることは、誰もが知っている。また、十八世紀のフランスでこの政治制度を説き始めた思想家として、モンテスキューの名前がしばしば挙げられる。

 だが、実際にモンテスキューの主著『法の精神』をひもといてみると、国家権力の「配分」をたしかに説いてはいるが、立法・行政・司法と並べて論じているわけではない。古代以来の政治思想の伝統であった、君主政・貴族政・民主政の三要素を混合させた体制が望ましいとする発想も、まだ残っている。

 では、『法の精神』に特定の解釈を施しながら、三権分立を近代国家の原理として押し出したのは誰なのか。本書で上村剛は、モンテスキューの受容史を同時代の政治論争と重ね合わせながら跡づけることを通じて、それを明らかにする。フランス、英国(ブリテン帝国)、建国期のアメリカ合衆国と、複数の地域と言語にまたがって史料を博捜した、国境をこえる思想史叙述の試みである。

 伝統的な混合政体論と対立するものとして、権力分立論が誕生を見たのは英国においてであった。政府を批判した議員の罷免(ひめん)をめぐる論争のなかで、司法権を議会の立法権から分離するべきだと論じられるようになる。さらにインドの植民地統治に関して、立法に対する拒否権を裁判所が持つとされたのである。こうした議論が北米植民地の独立をめぐる構想へと波及し、やがて合衆国憲法において司法審査が制度化されることを通じて、三権分立は政治体制として現実化する。

 論争状況のなかで古典を読み直し、新たな意味を発見するという営み。それが政治に関する思考を豊かで大胆なものにすることを、本書の周到な叙述は教えてくれる。現代の政治論争でも、三権分立は時に争点になる。その原理を支えてきた歴史の分厚い地層を確認することで、未来にむけた可能性も見えてくるだろう。

 

読売新聞
2021年4月25日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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