リングサイド 林育徳著 小学館

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リングサイド

『リングサイド』

著者
林 育徳 [著]/三浦裕子 [訳]
出版社
小学館
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784093865883
発売日
2021/02/19
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

リングサイド 林育徳著 小学館

[レビュアー] 柴崎友香(作家)

 台湾の若い作家による連作短編集である。台湾ではプロレスはマイナーな存在だが、登場する人々が熱心に見ているのは主に日本の、それもケーブルテレビで延々と再放送されている20~30年前のプロレス。各話の主人公は、ラブホテルでバイトする留年学生、家電量販店勤務で売り上げを表彰されたのに夫の暴言により家出する女、ファンが高じてインディーズのプロレス団体を作った人たち、リストラされて日雇いで働く男など、思い描いたのとは違う人生を送る人たちだ。

 舞台となる「小城」は、台湾東部の花蓮を元にしている。発展めざましい西部と比べて自然が豊かで観光地として人気の一方、渋滞や急激な開発などの問題も起きている。青年たちの思い出の広場はホテルに売却され、シンボルだった巨樹も伐(き)られてしまう。さらに、ある悲劇がそこで起こる。短編ごとに語り口が変わる構成が巧みで、地方都市と人々の状況が浮かび上がってくる。ちょっとした行動や会話から、人となりや心境が伝わる。

 この小説で重要なのは、彼らにとってプロレスはなんなのかということだ。ある程度の筋書きの中で真剣勝負をする、自らの肉体で戦い抜くレスラーたちの姿が、繰り返し描かれる。主人公の一人は、三沢光晴の「持てる力を全て出し切」るような「負け方」に、思いを馳(は)せる。孫からプロレスは芝居なのかと問われた祖母は、「私らは“わざ”を観(み)てるのさ、勝ち負けじゃないよ」と答える(応援する三沢がすでに亡くなっていることを孫から告げられた祖母の答えも、とてもよかった)。覆面レスラーとして戦うことに意義を見いだす青年もいる。

 うまくはいかない人生で、誰もがよりどころを必要としている。あきらめて別の道を歩くとしても、ふとした光景やできごとが心を支えることもある、と語りかけるような小説だった。三浦裕子訳。

読売新聞
2021年4月25日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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