ウィズコロナの教育と出版が目指す先に――『教育現場と研究者のための著作権ガイド』刊行によせて

対談・鼎談

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教育現場と研究者のための著作権ガイド

『教育現場と研究者のための著作権ガイド』

著者
上野 達弘 [編集]
出版社
有斐閣
ジャンル
社会科学/法律
ISBN
9784641243446
発売日
2021/03/24
価格
2,420円(税込)

書籍情報:openBD

ウィズコロナの教育と出版が目指す先に――『教育現場と研究者のための著作権ガイド』刊行によせて

[文] 有斐閣

コロナ禍のもと、オンライン授業が導入される教育現場。著作権法の制度はどのように教育現場に影響があるのか、またその課題はなにか。
『教育現場と研究者のための著作権ガイド』執筆者のおひとりである今村哲也・明治大学教授と、出版社3社(井村寿人・勁草書房社長、黒田拓也・東京大学出版会専務理事、江草貞治・有斐閣社長)が、新規定とそれにどのように対応するかを率直に話し合いました。

***

江草 平成30年、「教育の情報化」を目指して、著作権法が改正されました。新しい権利制限規定が盛り込まれたことで出版社には緊張が走りました。その運用指針の策定のための関係者間調整が難航するなか、新型コロナウイルス感染症の拡大への緊急対応のために1年間は無償で新規定を運用するという、異例のスタートとなりました。

 昨年の混乱の中で、大学ではどのように講義が行われ、学生の学びや先生方の研究にどういう影響があったか。出版社にはどんな要望が届いたか。新規定が果たした役割と運用上の課題は何か。さらには、この制度を通じて、高等教育や、高等教育に寄り添う出版はどう進化していくべきか。

 今日は、法改正と運用の調整に深く関わってこられ、『教育現場と研究者のための著作権ガイド』の執筆に参加された今村哲也先生を、学術書出版3社で囲み、そんな未来への手がかりとなるお話ができればと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

新規定の概要と転回

江草 この制度がどのように検討されてきたかを簡単に振り返っておきます。改正前も、教育機関の授業における著作物の利用として、対面授業のために複製することや、対面授業で複製したものを同時中継の遠隔合同授業のために公衆送信することは、35条により無許諾で可能でした。

 しかし、その他の公衆送信は権利の許諾が必要で、学校等におけるICT活用の推進を考えると見直す必要があり、最終的に、文化庁文化審議会では、教育の公益性に鑑み、公衆送信を広く権利制限の対象とすることが適当であるとまとめられました。複製機器等の普及状況を踏まえると、軽微な利用が軽微とはいえない形で不利益を及ぼしているので、補償金は必要だけれども、無償で行えた行為を補償金の対象にしてしまうと教育現場は混乱するので、新たに権利制限の対象とする公衆送信のみを補償金の対象とするとして、今回の法改正になったということです。

今村 複写の機器の普及拡大に伴い、現行法ができた当初から状況が変わってきた事実は審議会でも認識していましたし、私も含めて、複製も補償金制度の対象にしてもという意見は当然あったわけです。

 もともと、教育の場面における複製は、当時は複写機もそんなに普及していませんでしたし、学校の現場で、たとえば35人くらいの教室で著作物を使うとか、非常に閉鎖的な空間の零細な利用として、私的複製の延長線上にあるものと位置づけられていました。ただ、30条(私的複製)に入れるには範囲が広すぎ、趣旨も変わりますから、35条を外出しする形で制度を作った。そういう経緯があって、基本的には30条が無償だから35条も無償だし、当初は無償でよかったと思います。

 しかし、今回、教育の情報化やICT活用教育の推進という政策を実現するために、いわばポリシーチェンジがあった。35条の規定の趣旨自体がガラッと変わったと、私は思っています。公衆送信を補償金制度に入れる部分は、ICT活用教育や教育の質の向上を実現するためにさまざまな取り組みが求められるという、どちらかというと積極的な措置と見たらいいのではないでしょうか。最終的に公衆送信だけ補償金つきになったのは、結果としては公益を実現していくスキームとして適切なところに落とし込んだのかなと思います。

 今まで35条は、私の立場からすると、消極的な規定で、できるだけ制限的に解釈すべきだと思っていたんですね。たとえば受講生の人数に関しても、300人だと多すぎる、権利者の利益を不当に害するからいけないという議論が昔からありました。今回補償金つきということもあるかもしれませんが、複製も含めて、クラスサイズであれば認めるという議論を出版社も受け入れることができた。それはやっぱり単なる権利制限でなく、ICT活用教育とか教育の質の向上という公益性を、関係者がこの規定に関して意識し始めた結果かなと思います。

出版社から見た改正

井村 私が審議会に出て改正の話を最初に聞いた段階では、それほど大きな問題じゃないんじゃないかと思っていたんです。というのは、今まで同時送信について権利制限を行っていたものを、遠隔地に向けた異時送信に関しても行い、ただそこに補償金をつけますという説明だったんですね。ですが、権利者間で話を進めていくにつれて、どんどん使い方が広がっていく。これは考えていたのとまったく違う世界に来てしまったと強く感じました。

 今回の補償金は、出版権者には受け取る権利がありません。それは仕方のないものと理解していますが、結果的に補償金のスキームだけが先行し、(権利者の許諾が必要な利用につき包括的に処理をするシステムとして継続検討中の)ライセンススキームが後回しになったことで、出版社にとってみれば権利制限で出版物が広く使われてしまい、なんの補償も与えられていない状態が起こりつつある。これでは制度のあり方、設計の仕方に、納得いかないものが残ってしまいます。

黒田 今村先生が仰った公益の実現はとても共感するところです。それは前提として、一方で、デジタル化と出版の関係のなかにおいて、さまざまな問題があることも確かです。

 たとえば、ある大学で使われていたパワーポイントの教材では、何百というスライドの中に、ある本の中の文章が少しずつはめ込んであって、結果的にその引用元の本の内容がほぼまるごと使われてしまっているものもありました。そんな事例に接すると、法律の大きな趣旨は理解するにしても、ではどういう幅のなかで制度が作られていくのかは、当然気になります。一方で、デジタル化をより推進していこうとしているところだったので、そのことが教育の質の向上のためにどのような役割を果たせるのか、そうした考えをより深めていきたいと思います。

江草 危うい事例をたくさん見てきたこともあり、不安いっぱいで運用指針の議論に参加していたんですけれども、利用者側はあれこれに使いたいと希望をたくさん持っていらして、運用指針の議論は、最初は呉越同舟とはこのことだなと感じました。

 未来の日本の教育のために手を携えて進んでいくことに間違いないのですが、スタートラインについてはずいぶん違っていた印象でした。

今村 出版社にとっては、個々の教員がどういう形で著作物を利用しているかに強い関心があると思うんです。かたや教員たちにとって、よその教員が何をやっていても自分にはあんまり関係ない。そういった意味では、高等教育機関全体のコンプライアンスの問題として考え直す部分が大いにあると思います。

 審議会の報告書では、今回制度を作るうえで教育機関における著作権法に関する研修や普及啓発も大きな目標にしているわけなので、教育機関の対応が足りておらず、出版社のほうがよく気づく部分が今までたくさんあったと思います。今後是正される部分もあるでしょう。

江草 手前味噌ですが、『教育現場と研究者のための著作権ガイド』が溝を埋めていく必読書になればいいですよね。

2020年の運用を振り返る

今村 明治大学では、授業が1カ月先延ばしになって、5月中旬から開始したんですけれども、基本的にはオンラインですべてやらざるをえなくなりました。私は2016年あたりからオンライン授業を行っていましたが、ほとんどの教員はまずやり方がわかりません。高等教育の授業で他人の著作物を使うことはけっこうありますから、著作物の利用についてもわからないということで、オンライン授業のやり方と著作権の取り扱いについてのマニュアルを大学として作りました。

 よくある質問も授業開始までに用意して、先生方はそれを見て、著作物の取り扱い方について意識してもらう形で進めることができました。実際、高等教育機関の授業といってもさまざまなものがあります。たとえば法学部の授業だったら文献が中心になるかもしれませんけれども、英語や外国語の授業だったら、CDの音源はどうなのかとか、映画を見せながら英語を勉強する授業で映像を見せられないのはどうするかとか、そういったさまざまな著作物の利用があり、出版物だけではない。ただ、去年一番問題になったのが、(物流の遅れから)学生が手元に教科書を揃えることができず使えない、という事態でした。そこは出版社が気を利かせて、購入を条件に一定の部分を配信していいとか、いろんな柔軟な対応をしてくれて乗り切った感じですね。

 その後、4月16日に「改正著作権法第三十五条運用指針(令和2〔2020〕年度版)」が公表されました。この指針はけっこう柔軟で、たとえば私が授業で著作物を使うといったら、論文を学生さんに読ませるとか、新聞記事を素材にして社会的な話題を取り入れながら説明するとかですが、運用指針で新聞記事は全部利用を認めることになって、特に問題なかったです。論文については、学協会の会誌みたいなものはいいですよという指針で、緊急的な措置だったと思いますが、わりと使いやすく感じました。

 先生方からよく訊かれたのは、自身が有料で契約しているデータベースがあって、利用規約との関係で著作物が使えるのか。あとは大学の図書館が出版社とデータベース会社と契約して提供されているコンテンツを、研究ではなく教育の場面で利用できるのかとか、そういったライセンスの問題。ほかにもDVDやCDでコピーガードがかかっているものの利用とか、挙げればきりがないんですけれども、バラエティのある著作物のいろいろな使い方がなされているし、訊かれない限り何を使っているかわからないという問題もあります。

 多くの先生はコンプライアンス重視でちゃんと使う。自身も執筆者であることが多いので、わりと出版社に気を配りながら使う方もいる。マニュアルがあれば、それに従って著作物を利用しようという形があったものですから、大学でもFAQで、典型的な利用例を挙げながら、こういう使い方は大丈夫ですよと示して進めてきたことになります。

江草 出版社にも「こういう使い方はどうですか」という声がたくさん寄せられました。お二人の会社ではどういうリクエストが多くて、どういう対応をしましたか?

黒田 東大出版会では受付フォームを作りました。そこで感じたのは、きちんと問い合わせてくださる方々は元々ちゃんとやっていらっしゃる方が大半です。ある範囲をこう使いたいと具体的に書いてくださって、もちろん普通に考えればかなり広い範囲での使用を要望されるので、こちらも認める代わりに、学生さんにちゃんと本を薦めてくださいとか、いろいろお願いして、OKをするケースが多かったです。

 ただ一方で、ふだん何も意識されていないんだろうなという方もちらほらいらっしゃいました。そのケースはだいたい似ていて、「私の授業でこの本を使って今までやっていたのだけど、今年も使いたいのでPDFで全部ください」という要望です。

 こちらとしては商品ですし、「無料では提供できません」と返事をすると、そのときは(無償の)補償金制度がすでにスタートしていたこともあり、「では大学に訊いてみます」とご連絡をいただいたあとはそれっきりで、その後どうなったのかはわかりません。

 かなり両極端に分かれた感じでしたね。基本的にはわかってくださる方が多いと認識していますし、きちんとしたやり取りができれば許可を出しました。

 一方で極端な要望をする人がいたときには、歯止めを明示的にしておかないと、私たちの事業を回していくときの問題になってしまうなと感じました。

井村 勁草書房はあまりテキストを出していないので、授業での使用についての問い合わせは、多くは寄せられませんでしたが、たしかに「PDFください」というのはありましたね。ちょっとびっくりしましたが、「それはできません」と返答させていただきました。

 私は日本書籍出版協会の知財委員会を担当していますが、2020年度の無許諾無償によって大きなダメージを受けたという話はまったく出てこないんですね。いったいどういうことか。今回の仕組みを先生方がまだご存知ないのか。あるいは、運用指針は権利者側から見てもかなりファジーなものですが、使った責任は使った先生が持つよう書かれてあることで、萎縮効果が出てしまったのか。いろいろ考えましたが、とても不思議でした。

今村 今回初めてオンライン授業をやるというときに、他人の著作物をうまく使いながら自分の授業を設計することに慣れていなかったんじゃないでしょうか。普段は基本的に、大学の授業も引用の範囲内で他人の著作物を使うことで対応している。それを超えて、35条の規定で利用する事例がどれくらいあるのか。

 本当はいろんな利活用の方法があると思うんですけど、ほとんどの先生にとってはオンライン授業元年なので、これから出版社が進めているビジネスモデルに影響を与えるような利用が顕在化してくるかもしれません。

 許諾を得て公衆送信する実務は大学などでほとんどやっておらず、著作権料も払っていない。もともと利益を1円も得られてなかったから不利益がないのは当然といえば当然のような気がします。先生方が慣れて、こんな活用の仕方もできる、資料全部アップしちゃえばいいんだみたいな、いろんなアイデアが出てきてやり始めてから、これは大変だとなるかもしれませんが、わかりません。

 皆さん遵法意識がすごくあって、大学でもFAQはかなり抑制的に作っています。先生方が訴えられたらよくないですし、出版社のことも考えています。こんなこともできます、これくらいはいいでしょう、という作り方は公式にはしていないので、これからかなと思います。

江草 他の方の著作物を使って自分の講義をどう設計するか。我々がお話しする先生は、すごく教育熱心で、どうやったら学生を奮い立たせて、いろんな文献を読んでくれるかを考えていらっしゃる方が多いので、そこはまさにビジネスチャンスに繋がるのかなと思い始めているところではあります。

 参考までに、有斐閣の去年の対応を見ておきます。結局約150件の申し込みがありました。緊急事態で本がどうしても購入できなくて授業が成立しないことを恐れて、当面はいいですが期間を区切って、かつできるだけテキストを買うようにご指導をお願いし、何件かは、実際に生徒がどこで買ったか、できればアンケートをとってくださいとお願いしました。ご回答はなかったんですけど、そういうご指導を前提に今回に限りいいですよと応じたのが去年の実態でした。

 2021年度に有償の補償金制度がスタートするんですけれども、先生方が慣れて、よりよく使いたい、お金払うんだし大胆に使いたいと思われて、何か大きな問題が出るとしたら今年以降かなと思います。

次年度に向けた出版社の課題

黒田 この立て付けでいろいろやっているのには、教育の質を高めるという大前提があるわけですよね。その「質を高める」とはどういうことなんだろうとは常々考えます。我々が出版しているコンテンツが大いに利用されて、教育の質向上に貢献することは大変ハッピーなことです。ではそうなるような仕組みをどうするのか。

 一つは今回のように法律で形を作って、利用を促進するという方法があると思うのですけど、我々が考えるのは、ある一定以上の利用に関してはマネタイズして、良いものを更新しながら提供していくプロセスを形作ることです。日本はコンテンツのデジタル利用についての大規模な出版プラットフォームはまだ不十分で、それぞれの出版社に委ねられている部分があります。ようやくMeL(Maruzen eBook Library)などが大きくなってきましたけど、プラットフォームをどういうふうに生かすのかをこれから考えたいと思っています。

 昨年の春から秋にかけては、井村さんや江草さんと一緒に、大学図書館ですでに購入してもらっている電子書籍のアクセス数を一時的に増やす取り組みを行い、おかげさまでその期間の大学図書館における電子書籍の購入は増加しました。電子の学術書をゼミとかで利用してもらえば、必ずしもみんな買わなくても読むことができるわけです。

 先生方の授業の仕方と我々の提供コンテンツがどう結び付けば効果があるのかは、昨年来いろいろ動き出したところを、今後よく観察していく必要があります。利用のためのライセンスの仕組みを作りなさいというのは、たしか法津の附帯決議でも触れられているので、その仕組みを出版社として提供しつつ、いろんな要望を組み合わせながらやっていくことを、できるだけひるまないで考えたいなと。先生方との信頼関係のもとに、わずかばかりでもマネタイズしながらコンテンツを多く出していく方向に進んでいけば、ある種の成長プロセスになると思いますので、そういうサイクルが作れないかなと改めて思っています。

井村 我々も、教育の現場でどんどん私どもの著作物を使っていただきたいと考えています。ただ、ビジネスとしてやっている以上、ただで使われるのはちょっとまずい。これから先考えていくのは、新しいビジネスモデルをどういうふうに提供していくか。(令和3年度版の)運用指針も、ずっと関わっている人間が読んでもすごくわかりにくいですよね。ああいった指針を使いながらこわごわ利用していくことは正しい姿ではないと思いますし、自由に使えるようなモデルをいかに提供するかが課題なのかなと考えています。

江草 新しい運用指針や著作権法の啓蒙活動をして、きちんと共通理解を積み上げていくことと、出版社は教育現場のニーズを汲み取り新しいサービスを提供し、利用者が費用を払う価値のあるサービスを利用する、という具合にいいサイクルに持っていくことが重要だと思います。ただ、啓蒙もどうやっていくのがいいのか、いまいちわからなくて。我々出版社がどういう形で関わっていくのがいいのか、先生は何かイメージをお持ちですか?

今村 ルールを作ったときに、利用者が認識する、国民に浸透していくには時間もコストもかかると思うんです。著作権は大事だという考え方が、教職員、生徒児童に浸透していくきっかけをいろいろな形で作っていくのは、今後の課題だと思います。

 他人の著作物を利用すればもっと質のいい教育ができることに気づきながら、教員が教材づくりをしていく。それを配信していくなかで、著作権の大切さを認識していくでしょうけれども、教員だけでは啓蒙という意味では弱い。ただ、生徒児童に著作権を教育するとなると、適切な方法でやらないと著作権を怖がってしまう。巨人の上に乗った小人は遠くが見えるという話のように、他人の著作物を使って初めて新しいものを作れるのも事実ですから、バランスを考えながら教育しなくちゃいけない。

 今回補償金制度ができて、その2割くらいを共通目的の基金にして普及啓発、著作権教育に使うということなので、そういった基金も活用しながら、ここは守ってほしいという核心を関係者によく伝えるとか、地道な形でやらないと難しいですね。著作権は絶対というわけじゃないと思うんですよ。大事ですけれども、著作権を守って文化がつぶれてもしょうがないので、譲るところは譲って自由に使うし、でも守ったほうが文化の発展につながる部分もあり、保護と利用のバランスが最適なところがどこかにあると思います。

 私の考えでは、法律でそれを決めるというよりも、今回の運用指針もそうですし、その先にあるライセンス、出版社と教育機関との利用契約のなかで、当事者の利害が調和する点を見つけていく。やり取りを重ねながら、著作権の重要性を国民がよく認識していくという長い作業になるので、特効薬みたいなものはないと思うんですよね。ただ、(運用指針を策定する)フォーラムをやってわかったことは、著作権の重要性はわりと皆さん認識されている。特に、権利者や創作者の話を聞くにつれて認識していく部分がけっこう大きかったんですよね。

 たとえば初等中等教育だったら絵本作家の苦労話とか、いろいろあると思うので、著者との対話のなかで創作の苦労を学んで、自然と大事なんだと身に着けていく。あとは出版社が、極端な事例に厳しく措置をしていく。真っ黒な違法行為とグレーと白があって、黒、本当の違法行為を、そうと知らないで善意でやっている先生もいるので、そういうところにまず対応していく。グレーの部分は気長な作業になるかな。

江草 出版社は、不正な利用についての啓蒙活動はやってこなかったと思うんですよ。個別に対応してきてはいますが、映画の録画や違法ダウンロードのキャンペーンのような、統一的な動きはしてこなかった。こちらがサボっていたために、暗黙的に容認してしまったようなところもあると思います。ですので、あれもダメこれもダメと追い回すイメージではなく、クリエイターに対する敬意を払いながら楽しく使ってくださいという活動を啓蒙につなげていきたいですね。穏やかにやれればいいなとは思うんですけれども。

井村 仰るとおりで、著作権教育を出版社が出ていってやることは全然なかったですよね。私なんかも、出版社は常に権利を制限される立場に置かれているんだから、啓蒙や教育は文化庁と先生方の役目でしょう、関係ないですよとずっと思っていましたが、やっぱりそれではいけなくて、いろいろ自ら活動をしていかないといけないのかなと感じています。

 著作権法ってすごく難しいですよね。ややこしいし、多くの出版社もそんな面倒くさいこと勉強したくない。運用指針を見ても、忙しい先生方が本当にあれを我慢して読んでいただけるのかと思ってしまう。

 ただ、やっぱりせっかくお使いいただけるいい制度ができあがりつつあるんだから、ちょっと我慢して読んでいただき、わからない部分は『教育現場と研究者のための著作権ガイド』を買って、勉強していただきたいと思いますね。そうでないと、正しい利用はできない。そう感じています。

江草 萎縮されても困るし、使いすぎても困る。いい形で使ってもらって、教育効果も上がることを我々も望んでいるので、全員が納得できる落とし所にはまるような啓蒙活動をしていかないといけないなと思います。

教育と出版社の協働、未来へ

黒田 私たちは高等教育の先生方とうまくコミュニケーションをとって、教育の質が上がっていくのに貢献したいと思います。先生方にはぜひ、今以上に学生さんにいろんな文献を紹介して、多様なコンテンツに学生さんが触れていかざるをえない、もしくは触れないと楽しくならない授業を行っていただき、私たちは新たなコンテンツを生み出していくインセンティブを強く持っていければいいなと思っています。

 多くの人が利用してくれるのであれば、我々が大学図書館向けに提供している電子書籍へのアクセスも、最大3アクセスまでとか小さなことは言わないで(笑)、できるだけ広く利用できるような形を考えられればと思います。日本の学術レベルを高めるための貢献はより行っていきたいと思いますし、井村さんや江草さんと一緒になって考えていければと思っています。著作権で萎縮してしまっては本当にもったいないので、有斐閣や勁草書房や東大出版会のコンテンツが載っているプラットフォームで商品を買えば、萎縮しないでいろんなものに活用できると思ってもらえることが一番の啓蒙活動になるのかもしれません。

江草 利用者として、出版社にこうしてほしいということはありますか?

今村 教科書に関して言えば、いろんな利便性の向上があります。外国だと、紙の本を買うとデジタルのアクセス権もついてくる。日本では研究書を自宅用と大学用で2冊わざわざ買っていて、多少お金がかかってもオンラインのアクセス権をもらえるといいなと。紙もウインドウになりますから、開いて目で見るのに必要な一方で、情報にアクセスするのはデジタルのほうがしやすいので、紙とデジタルの融合したハイブリッドなサービスを提供してもらったらいいと思います。

 たとえば判例百選にしても、本は買って持っていても、手元にないときに、大学で契約しているデータベース、有斐閣オンライン・データベースにアクセスして読む。紙とデジタルの違いもあって、両方生き残っていくと思うんですけれども、使いやすいところ、すぐアクセスできるところに情報があると便利ですね。教員はお金もありますから、すぐ必要なものを買えますけど、生徒さんは、家庭環境によって、オンラインにない、アクセスに手間がかかる情報は存在しないことになります。なるべく学生自身がコストを意識せずにアクセスできて使える素材をもっと増やしてもらいたいです。

 大学時代に学術書を読む習慣をつければきっと社会人になってからも読むと長い目で見てもらって、読者として育てる時期に安い料金で読ませておいて、専門書を読まないと生きていけない体にして、一生本を読ませるとか。新聞のデータベースはうまくやってる感じもするんですよね。ほとんどの大学の学生さんは新聞記事をオンラインで読めるようになっていて、卒業後、あの利便性は手放せないと個別に契約している。今はスマホを皆さん持ってますから、そういう形で何か、学術書に触れる人生でも短い期間に、とにかくちょっとでもアクセスできるように。学術書や学問の面白さを伝える時期として、少しサービスしてもらいたいなという部分もあります。

 あと、これは教材をつくる立場から考えなくちゃいけないことですが、今回、教育の質の向上ということで著作物の利用円滑化をはかるために、権利制限を補償金つきで公衆送信について拡大したわけです。今までも他人の著作物の利用は引用のレベルだったら紙で複製しようがオンラインでやろうが自由にできた。今回は補償金つきで権利者の利益を不当に害しない範囲でできるようになりましたが、権利者の利益を不当に害する場合はそのケースに入らないから、ライセンスという話になる。引用の範囲でできる質の向上、補償金制度の範囲でできる質の向上、ライセンスで他人の著作物を使った場合に実現できる教育の質の向上には、きっと違いがあるはずです。巨人の肩の上に乗った小人という形でより広い世界を学生さんに伝えるうえで、他人の著作物をライセンスベースで使う授業の仕方も考えてみるべきだと思います。

 でも先生方は、私も含めて、違いをよく理解できていない。なので、いろんな選択肢を増やしていくなかで、出版社の努力で教育の質を高める著作物利用のライセンスを、教育の質の向上を真剣に考えている大学に提供する。ライセンスってデータベースの提供も含めてもっと取り組む部分があるし、今回オンラインの授業がはからずもこんな勢いで進んでいるので、いろんなビジネスモデルがあるんじゃないかなと、非常に期待しています。

江草 この3社を含め、丸善雄松堂、紀伊國屋書店などのプラットフォームを活用して、新しい本の使い方、出会い、タッチポイントを増やす取り組みの成果が着々と出始めている気がするんです。ただ残念なことに、コロナというある意味強制的な社会実験をやっているような状況でしたので、さらに出版社としてひと肌もふた肌も脱いで前進させないことには、この状況で苦しんでいる人たちの力にもならない。

 それは我々もわかっていて、なんとか努力しているところなので、ご期待いただければと思います。

 もう一つ、今フェイクがネット上に氾濫して、学生の皆さんも右往左往させられることにいい加減うんざりしていると思うんですよ。そんなこともあり、エビデンスのある事実は何か、自分で考えてより正しいことにたどり着くにはどうしたらいいかということをすごく意識するようになっている。

 昨年も、『独学大全』(ダイヤモンド社)のように、先人の考え方や勉強法をまとめた本がベストセラーになったりして、自分で考えよう、自分で知ろう、真実にたどり着こうという潮流があります。そこは我々から本当のよいものに接する敷居を下げるために、もうちょっと手を伸ばせば届きますよというところまで近寄っていくチャンスだと思うんです。

 出版社も、紙で買ってくれなきゃというところにこだわらずに、コンテンツを色々な形で読者の近くに押し出していったほうが、長い目で見たときにいろんな意味でのリターンが大きくなるんじゃないかなという気がしていますので、ぜひご期待いただきたいと思います。本日はどうもありがとうございました。

(2021年2月16日収録)

有斐閣 書斎の窓
2021年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

有斐閣

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