「BCP」という言葉をご存じですか?――企業・行政・団体の備蓄品としての『防災・減災の法務――事業継続のために何をすべきか』

レビュー

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防災・減災の法務

『防災・減災の法務』

著者
中野 明安 [編集]/津久井 進 [編集]
出版社
有斐閣
ジャンル
社会科学/法律
ISBN
9784641138520
発売日
2021/03/09
価格
3,850円(税込)

書籍情報:openBD

「BCP」という言葉をご存じですか?――企業・行政・団体の備蓄品としての『防災・減災の法務――事業継続のために何をすべきか』

[レビュアー] 中野明安(弁護士)/津久井進(弁護士)

1 再開と廃業を分けるもの

 令和3年2月末に熊本県人吉市の市街地を歩いた。「令和2年7月豪雨災害」の被災地である。県内で65名が死亡、市全体の約2割に相当する3360世帯が被災した大災害の爪痕は、被災から半年以上経った今も市内のあちこちに点在している。ホテルや温泉等の宿泊施設、病院、飲食店が多いが、営業再開している店と泥だらけのままの店が、くっきり分かれていた。老舗の菓子店の入り口に閉店挨拶の張り紙があった。挨拶文は被災から約半年の日付。被災から数カ月にわたって「再開」か「廃業」か苦悩してきた様子がその行間からにじみ出ていた。被災した彼らの事業再開と廃業とを分ける分水嶺はいったいどこにあったのだろうか。

 私を案内してくれた地元の弁護士も被災した中小事業者の一人である。彼は、日弁連の過疎地支援として人吉市に赴任し、地元に尽くそうとの思いを貫徹し、そのまま人吉市に定着した。依頼者の利便を考え1階部分に開設されている彼の事務所は、他と同じように水没し、記録やデジタル機器など多くのものを失った。しかし、今はしっかり立ち直り、業務を遂行している。再開時には、事務所のオフィス部分を70センチメートル高の中2階にレイアウトし、サーバー等は高所に置き、ロッカーも上部に記録・下部に代替可能な雑貨を配置するなど、様々な知恵と工夫を凝らしていた。経験値によって危機管理力が磨かれたことがよく伝わってきた。ヒアリングして分かったことは、第1に、浸水直後に最重要なデータサーバーを持ち出したこと(=緊急時のトリアージの成功)、第2に、直ちに自宅近辺に仮事務所を設置すると共に、相談用のプレハブ小屋を用意したこと(=適切な代替措置)、第3に、熊本地震で被災経験のある同業者たちを中心とする物心両面にわたる支援を受け入れたこと(=連携力と受援力)、など事業の早期再開の基本を忠実に実践してきたことだった。

 災害時には、誰もが目の前のダメージの大きさに茫然とする。企業とて例外ではない。むしろ、企業には多くのステークホルダーがいるから、事業が継続できるかどうかによって与える社会的影響は大きい。それゆえ、経営者の手腕が問われる重要な場面といえる。しかし、どうしたらよいか決まった答えはない。経営者が抱える不安や悩みは、災害直後よりも、時間が経つほど大きく膨らむことも多い。そんなとき法務の観点から、企業経営者等に寄り添い、助言できるような書籍はないだろうか、そのニーズに応えるために『防災・減災の法務――事業継続のために何をすべきか』を発刊することになった次第である。

2 本書の3つの特色

 本書の構成は、基本的姿勢(第1章:岡本正)、労務(第2章:津久井進)、経営者(第3章:今田健太郎)、契約(第4章:舘山史明)、対外関係(第5章:今田健太郎)、経営再建(第6章:岩渕健彦)、行政等団体(第7章:野村裕)、連携(第8章:永野海)、BCP(第9章:中野明安)となっている。災害時に問題となる重要なファクターは網羅した。そして、執筆陣はすべて弁護士である。全員、現実に災害時の法的支援の経験を持ち、実践対応に裏付けられた経験・教訓がバックグラウンドになっている。ビビッドな現場感覚を重視したいという意気込みのあらわれとご理解いただければ幸いである。本書の編者として、広くアピールしたい点もあるし、言い訳したくなるような反省点もあるが、それらをひっくるめた本書の特色を3点申し上げておきたい。

 第1に、考え方や悩み方を赤裸々に示した点である。災害関連本にはQ&Aスタイルのものが多く見られる。緊急時には誰もが直ちに答えが欲しいからであろう。しかし、それが本当に正しい答えなのだろうか。つとに「災害には顔がある」と言われる。[災害]=[災害の種類]×[地域の脆弱性]×[時代の背景]によって規定されるとも言われる。つまり一つとして同じ災害はないのである。「不可抗力」という言葉一つを取っても、例年発生する台風の場合、突然の地震の場合、破壊的な大津波の場合、そして感染症拡大の場合など、それぞれの具体的な当てはめを考えると不可抗力の具体的な意味内容は変わってくる。新型コロナウイルス感染症拡大のケースであっても、地域差があること、拡大初期と遷延期で状況が大きく異なることを、私たちは今まさに実感中である。そうなると当然に事故時の責任範囲・内容も大きく変わってくる。本当に大事なのは「答え」そのものよりも、答えを導く「考え方」なのではないか。ある災害歴史の研究者が「全ての災害対応は応用問題を解くようなもの」と語っていたが、応用問題を解く王道は「徹底した基本」にほかならない。本書では、各執筆者が、どう考えたら良いのか、どのような点を重視すべきか、自分の悩みをありのまま示しながら、基本的な「考え方」を示すよう努力している。

 第2は、経営者に寄り添ってやさしく助言する姿勢を貫いている点である。形式的な工夫であるが、具体的な場面を想定できるように事例を設定したり、ですます調で統一したり、文中で参照した資料についてはQRコードで示したりするなど、少しでも経営者や法務担当者に分かりやすく届くように心を砕いた。本書の主なターゲットは中小の事業者であるが、基本は大企業でも何ら変わらない。また、組織を経営・管理するメソッドは、行政団体や、病院、学校、NPOなど多岐にわたる組織において共通するものがあるので、誰にとっても役に立つよう配慮を尽くしたつもりである。一冊まるごと通読するのは大変だろうが、どの箇所を開いていただいても、法律事務所に来てもらってホッと安心するような疑似体験を得ていただけると思う。結果として、災害対応法務に経験の浅い法律家の方々にも分かりやすい案内書になったと自負している。

 第3は、次なる大災害に備える備蓄品の一つに加えてもらうことを意識した点である。災害への備えとして、リュックサックに缶詰や防寒具等を詰め込んでいる人は多いだろう。それと同じように、本書を一冊備えて欲しいという期待を込めて、本書タイトルを『防災・減災の法務』とした。BCP(事業継続計画;Business Continuity Planning)を策定することは企業にとって形ばかりの避難訓練を行うよりも、ずっと有為な災害対策である。では「何をすべきか?」それを、法務の視点からお示しした。編者としては法的観点から備えておくべき知識のリストと考えている。そして、いざ災害が起こったとき、「どう対処すべきか?」それを案内する備蓄品が本書である。被災時の暗闇を照らす懐中電灯だと思っていただければ幸いである。

3 お勧めする読み方

 本書の帯紙には、多くの方々にぜひ本を手に取って欲しいと「災害に備えたいと思っているが何をどこまで準備すれば良いのか悩んでいる企業や事業者の方」、「BCPは策定しているけれども最新の情報を踏まえてアップデートしたい企業や事業者の方」、「もしも被災したときどんな支援を受けられる可能性があるか知りたい企業や事業者の方」、「防災の検討にあたり政府の指針や裁判例など法的根拠を知りたい地方自治体・教育関係者の方」、「企業などに対して法的アドバイスをすることが多い、弁護士などの士業の方」に呼び掛け、「災害に遭っても事業を継続するために何ができるか?」というメッセージを記した。

 では、本書をどんなふうに活用するのか、いくつか具体的に例示してみたい。すなわち、備蓄品である本書のトリセツである。

 まず、災害シミュレーションのハンドブックとして使える。災害多発時代の渦中にあって、私たちは災害のニュースに接することが多い。そのとき、漫然とTV画面を眺めるのではなく、自社が同じ災害に遭ったと想定してみると、その途端、その報道は危機管理シミュレーションの貴重な題材に一変する。災害で休業したとき従業員たちの出勤や給料はどうなるのだろうか(第2章)、経営者が災害の犠牲となったら会社はどうなるのだろうか(第3章)、契約している取引先との関係はどうなってしまうのだろうか(第4章)、他者に何か迷惑をかけたときに責任はどうなるのか(第5章)、経営が立ちゆかなくなったときにどう立て直したらよいか(第6章)等々、普段は考えたくないものの災害時には必ず直面するであろう課題を具体的にイメージできる。想像力こそ防災力の核心である。その想像の先にあるリアルな現実的課題を、本書を読むことでシミュレートできる。

 また、経営感覚のリフレッシュや、組織レジリエンスのトレーニングにも活用できる。災害に遭うと人は視野が狭くなる。目の前の惨事に神経が集中してしまい、周囲の様子が視界に入らず、少し先のことが考えられなくなってしまう。また正常性バイアスに代表されるように、誤った判断をしてしまう傾向もある。それは一人の個人でも、大きな組織でも同じことだ。だから「災害時には普段できることしかできない」と言われる。本書を読むことで、平素からの経営者の姿勢や人材育成のあり方を考え(第1章)、自社以外の組織・団体はどのように対処しているのかを知って視野を広げ(第7章)、いざというときは他者と連携して支え合うことで社会経済的孤立を防ぐ(第8章)ことができる。「普段から感覚を研ぎ澄ませば、災害に強くなる」実践の呼び掛けである。

 そして、企業には現実にBCPを作成し、作成後もたえず見直しをしていただきたい。出来合いのひな形を書き写すのがBCPではない。担当部署に形式的なマニュアルを作らせても意味がない。理想的な美辞麗句を並べたBCPでは現実的に役に立たない。では、自社にとって役に立つBCPとは何なのか。それを手ほどきするのが第9章であり、また、第1章~第8章を読むことで、自らの企業、行政団体、諸組織に合ったカスタマイズができ、リアリズムあるBCPが作成可能となる。

4 東日本大震災から10年目の節目の刊行

 本書では実際の事件や判例のほか、実在の企業等の災害対応事例も盛り込んでいる。26年前の阪神・淡路大震災で社屋が全壊したにもかかわらず、前年度並みの売上を確保した企業のレジリエンスの実例についても触れている。先日、その企業の平成7年当時の決算書を見せていただいた。震災により経常外損失が大きく膨れ上がり、人件費等の固定費の変動の激しさに、当時の奮闘ぶりがあらわれていたが、やはり最も重要なのは経営者の不屈の姿勢だと感じた。

 東日本大震災から10年目の節目に本書をお届けすることが一つのミッションだった。何とか間に合ってホッとしている。この大事な節目に、災害を忘れることなく防災意識の高揚に努めるのはもちろんのこと、少しでも多くの企業・団体が、BCPに取り組み大災害に立ち向かって欲しいと願っている。そして、コロナ禍という大災害をも乗り越え、持続可能な社会を創造し、希望をリアルに感じて生き抜いて欲しいと思う。

有斐閣 書斎の窓
2021年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

有斐閣

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