『民法Visual Materials』第3版の変身――法学教育イノベーションへの一歩

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民法Visual Materials〔第3版〕

『民法Visual Materials〔第3版〕』

著者
池田 真朗 [著、編集]/石田 剛 [著]/田髙 寛貴 [著]/北居 功 [著]/曽野 裕夫 [著]/笠井 修 [著]/小池 泰 [著]/本山 敦 [著]
出版社
有斐閣
ジャンル
社会科学/法律
ISBN
9784641138575
発売日
2021/03/23
価格
2,310円(税込)

書籍情報:openBD

『民法Visual Materials』第3版の変身――法学教育イノベーションへの一歩

[レビュアー] 池田真朗(武蔵野大学教授・慶應義塾大学名誉教授)

はじめに

 本来、この「自著を語る」は、新著を世に送った者が執筆する場であろう。そこにあえて、「改訂第3版」の編著者が手を挙げた。それは外でもない、この本が33年の歴史の末にたどり着いた、法学教育イノベーションについて、読者にお伝えしたかったからである。

 登記簿や契約書ひな型、さらには現場写真等を掲載して解説を加える『民法Visual Materials』。初版は2008年であるが、その前身は、後述する1988年初版の『目で見る民法教材』である。そして本書の第2版は、初版から9年もかかった、2017年4月の刊行であった。

 周知のように、その2017年の5月に、民法典の債権関係部分について約120年ぶりの大改正が成立し、同年6月2日に公布され、2020年4月1日に施行された。その改正によって、多くの契約書のひな型等が改訂されることになった。さらに相続法分野でも、時を同じくしていくつかの重要な改正がなされ、施行時期を迎えるに至っている。したがって、本書もそれらの民法改正に対応する修正を施して改訂をすることが、必須の課題となっていた。2021年度の学年初めにこの第3版を世に送れたことは、著者一同として、いわば当然の義務を果たせたという思いである。しかし、この第3版の意義は、実はその「義務の履行」にとどまるものではない。表紙デザインまで一新して第3版を世に送った理由をここに述べておきたい。

第1段階としての『目で見る民法教材』の成功

 ことは法律学教育の根幹のコンセプトに関わる。本書初版は、2008年に、『目で見る民法教材』(淡路剛久、池田真朗ら7名の編著、有斐閣、1988~2001)の後継書として上梓された。その旧書は、「法律学は言葉によって成り立つ学問ではあるが、登記簿や契約書式などの、さらには概念図や現場写真などの「目で見る」要素によって、言葉だけでは説明の困難なことを容易に理解させることができるであろう」(同書はしがき要旨)という発想のもとに出版され、当時は斬新な企画として多くの読者を得た。

 しかし今その旧書を見ると、確かに資料は見やすく、適切な解説が付けられているのであるが、位置づけはやはり資料集であり、しかも信玄公旗掛の松の写真などから始まる、「歴史的資料集」の色彩もあるものだったのである。もちろん、登記簿記載や信用保証の契約書等、実務的な資料も既にあり、全体として学生の民法学習への関心を呼び起こすものではあったのだが、やはりその関心喚起のレベルにとどまるものだった。

第2段階としての『民法Visual Materials』

 それに対して、本書『民法Visual Materials』初版は、2004年の法科大学院開設等、法律学教育の変革により良く対応するものとして、企画され、世に送られた。初版はしがきでは、「法律学は、机上の空論を学ぶものではない」と述べ、「法律学の教育も、社会の取引実務や紛争形態などをよりリアリティのある形で示しつつ実践されなければならないはずである」と述べて、「資料集的なイメージの強かった旧書よりも、解説を増やして、Visualな要素をとりかかりとして法制度の相当な内容までが学べる、「民法を使いこなすための入門書」としての性格も付与することにした」のである。

 しかしながら、その実際の法学部および法科大学院の授業における位置づけは、やはり「参考資料」「副教材」にとどまっていた。そのうえ、その後の法律学教育の主流は、法科大学院進学者のためのより精緻な解釈論の教授に向かい、他方、法律専門家になるわけではない多数派の法学部生を対象とした、実際に「民法を使いこなす」ための教育は十分に発達してこなかったようである。さらに2018年頃からは、分野によっては現行民法と改正後の民法の両方を教えることに追われて、本書を副教材として活用するような授業が少なくなっていたようにも感じられる。

 加えて言えば、この段階で既に旧著『目で見る民法教材』とは、基本的に教材としての性格とレベルが変わっていたことが指摘されよう。たとえばレター・オブ・インテントとか国際売買契約のFOBの説明までが載っている本は、もはや初心者が、なるほどこんな資料、見たことがなかった、ということで民法学習の関心を呼び起こすような性質の副教材ではありえない。そしてそれは、内容を難化させたことが良くないのではなく、すでに民法学習の本質が変化していたというべきだったのである。本書初版と第2版は、その内容と入門書としての性格付けのミスマッチに、そして時代状況の変化に、気づいていなかった。

そして第3段階へ――教科書と参考書の差から考える

 しかし、2021年の今、ようやく時代ももう一段変化し、「知識偏重ではない実践の法学教育」に向かってきたようである。法曹養成のための教育だけでなく、多数派法学部生のための(いたずらに判例・学説の知識の集積を求めるのではない)基本的な法律学教育の再構築が論じられるようになりつつある。

 ただ、そういう「傾向」や「あるべき方向性」への対応を観念的に論じるだけでは全く意味がない。問題はそれをどう実践するかなのである。そこで私が提示するポイントは、「教科書と参考書の差」である。この差を皆さんはどう考えるだろうか。私が考える一番わかりやすい差は、「期末試験の問題は教科書から出て参考書からはまず出ない」ということである。そしてその理由は、これまでの解釈学偏重の法学教育(ことに民法教育)においては、「参考書の方が教科書より詳しいことが書いてあるが、試験では教科書レベルのことが答えられれば十分」、ということだったのではないかと思う。

 それであれば、結局参考書は勉強しなくても合格点は問題なく取れる、つまり参考書はいらない、ということになる。では、「教科書に書いていないこと(より詳しいのではなく別のこと)が書いてあって、しかもそれが学ぶべき知識として重要であって、そこから期末試験が出題される」となったらどうなるか。それこそが、本書第3版改訂にあたって、編者である私が考えたことなのである。

本書からの期末試験出題例

 それでは、実際に本書を使った教育からどのような新しいタイプの期末試験の出題がなされうるのであろうか。そしてそれが本当に、マジョリティの法学部生のためになるイノベィティブな法学教育につながるのであろうか。

 この実践例は、これから全国の先生方に工夫をしていただいて蓄積をしたいところであるが、まずは物権法で言えば、登記簿の読み方、記載のしかた、などの出題が考えられる。不動産の相続登記の義務化が想定されている昨今である。このような知識は必須であろう。難しい学説は知らなくても、「法学部を出たんだから登記簿に書いてあることくらいはわかるよね」と親戚の伯父さんに訊かれたら、答えられなければいけないのである。また、登記記載事項の出題は、司法書士、土地家屋調査士、宅地建物取引士などの資格試験を目指す学生諸君にも大きなインセンティブを与えるだろう。

 一方債権法で言えば、契約書の読み方、書き方の出題が考えられる。この契約条項はどういう理由で必要なのか、こういうトラブルを防ぐにはどういう条項を入れておくべきか、この条項がないと人は何が困り、どう行動する可能性があるか、などという出題である。これまた、細かい学説を知っていることとこういう問題が解けることのどちらが社会人として有用かを考えれば、答えは明瞭であろう。別に法務部員になるのでなくても、一般企業に就職した学生に一番必要なのは、いわば「初級法務」の知識であるということは、よく言われるところである。

 上記のような出題にかかわる記述は、実は既存の民法教科書にはまずほとんどない。したがって、わが『民法Visual Materials』は、(さすがにこれ単独で基本教科書とはなりにくいものの)「使われない参考書」ではなく、「試験に出る第2教科書」となりうるのである。

実務家教員が優位性を発揮できるテキスト

 さらに言えば、現在文部科学省は実務家教員の養成に力を入れているが、弁護士、司法書士、不動産鑑定士、企業の法務部出身者などの実務家教員が、その優位性を発揮できる教授法の教材としても、本書は非常に適切なのではなかろうか。

 つまり、これまでの、学部―大学院と研究一筋で育ってきた学者教員は、契約書の条項作りで取引の相手方とやり合うような経験に乏しい。そうすると、たとえば損害賠償額の予定条項については、事前に賠償額を決めておいたほうが便宜だとは教えられても、相手方との交渉で契約を履行させるインセンティブになるか、逆に自社がもし撤退する場合にどの位のリスクなら覚悟できるか、などというせめぎあいの観点から見ることは教えられないかもしれない。同様に、債権譲渡担保契約の仕組みは教えられても、対抗要件をどういう理由で民法規定ではなく特例法登記で取るのが原則なのかまでは、自信をもって教えられないかもしれない。それらを、実務家教員であれば自らの経験知をもとに本書の契約条項を使って十分に解説できるのである。親族・相続の分野でも、たとえば高齢者支援の実務経験のある教員ならば、いわゆる「終活」のためになすべきことの優先順位などを、本書の資料を使って明瞭に教えられるかもしれない。

世代と時代の交代のシンボルとして

 最後に付け加えておきたい。1988年に旧書『目で見る民法教材』が出版されたとき、下森定、國井和郎、泉久雄、岩城謙二、淡路剛久、鎌田薫先生ら7名の編著者の中で最年少であったのが、私池田であった。その私が、本書では最高齢の編著者を務めている。時代は変わり、著者の世代が大きく変わっただけでなく、民法教育のあり方も根本的に変わらなければならないのである。そのことを示すために、本書第3版を発想から一新して世に送ることは、私にとっては一つの使命でもあった。本書がこれから、多くの法学教員の手によって活用されて、現代の法律学教育イノベーションに貢献できる教材として、法学部・法科大学院の教育から企業や地方公共団体等の研修教育にまで、多様な民法学習者のニーズに応えて広く利用されることを願ってやまない。

 短時日に集中的に改訂作業をしてくださった、私より10歳から20歳も若い、まさに現代の民法学界を担う共著者の方々に、心からの御礼を申し上げる次第である。

有斐閣 書斎の窓
2021年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

有斐閣

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