学び、実践する人たちのために――『有斐閣 現代心理学辞典』堂々の刊行!

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有斐閣 現代心理学辞典

『有斐閣 現代心理学辞典』

著者
子安増生 [監修]/丹野義彦 [監修]/箱田裕司 [監修]
出版社
有斐閣
ISBN
9784641002661
発売日
2021/02/26
価格
7,040円(税込)

書籍情報:openBD

学び、実践する人たちのために――『有斐閣 現代心理学辞典』堂々の刊行!

[レビュアー] 子安増生(京都大学名誉教授)/丹野義彦(東京大学名誉教授)/箱田裕司(九州大学名誉教授)

『有斐閣 現代心理学辞典』の特徴

 2016年7月にパシフィコ横浜で開催された国際心理学会大会の折、有斐閣書籍編集第二部の中村さやかさんから中島義明他編『心理学辞典』(1999年刊行)の後継となる辞典の構想についてご相談を受けた。その時から数えて4年余りで『有斐閣 現代心理学辞典』の刊行に漕ぎつけた。

 辞典の編集に携わった経験のある人なら、1002ページ、3967項目、執筆者300人余の辞典が構想から4年半ほどで刊行できたのならむしろ順調であったとご判断いただけることであろう。前身の『心理学辞典』でも私(子安)は監修者に名を連ねたが、刊行までに7年くらいの年月がかかっている。

 本辞典の監修者として、子安増生、丹野義彦、箱田裕司の3人が担当した。それぞれの専門に近い研究分野の監修を分担し、編集者を選任する作業に当たった。選任された編集者は、監修者と相談の上、項目の執筆者を選定した。

 項目の文字数は、前身の『心理学辞典』では2000字、1000字、400字、200字の4種類であったが、本辞典ではより小項目主義に傾いて1000字、400字、200字の3種類とした。

 特筆すべきは、心理学の一般項目のカテゴリーに加えて、2015年9月に公認心理師法が制定され心理学分野の国家資格が誕生したことを受けて、公認心理師関連項目を独立カテゴリーとし、人名項目も独立カテゴリーとする3部構成にしたことである。

(子安増生)

人名項目について

 本辞典で私は、心理学史の専門家である高砂美樹・東京国際大学教授のご協力を得て人名項目を選定し、大まかには古典的な時代の人名を高砂教授、現代の人名を私の方で分担して編集・執筆した。人名項目収録の選定基準は、心理学に直接関連する人名を中心とし、人名の記述にあたっては詳しい経歴(出生地、学歴、職歴)を記載することを重視した。たとえば、高等教育が整備されておらず女性への門戸が狭い時代の状況、ユダヤ系研究者のナチスの迫害からの逃避、第一次および第二次世界大戦時の軍関係の勤務状態など、その人物が活躍した時代の相を理解できるようにした。

 特に強調したいのは、出生地と移動先の地図を作成して活躍地の変化を口絵に示したことである。そのことによって、第二次世界大戦を挟んで心理学研究の中心がドイツからアメリカに移る姿がわかるようにした。また、「ドイツ」と「オーストリア」は、政体(王国、帝国、共和国など)と領土の範囲が時代によって大きく変化したことを口絵と人名項目の説明において丁寧に示した。

 私が辞典に書いた人名項目のうち、「アーガイルArgyle, John Michael(1925-2002)」項目に関して少し個人的な思い出を述べておきたい。私は、1994年3月から1995年1月にかけて、文部省在外研究員の資格でオックスフォード大学のウルフソン・カレッジで研究滞在をしていた。そのカレッジの食堂で時々出会ったお一人がオックスフォード大学を引退してカレッジ・フェローであったマイケル・アーガイル先生であり、たいていスーツ姿にピンク系のネクタイをしめ、飛びぬけて長身なので遠くからでもすぐにわかった。食事をしながらお話をうかがっているうちに、第二次世界大戦では英国王立空軍のパイロットであったということを聞いて大変驚いた。英国王立空軍は、1940年の「バトル・オブ・ブリテン」以後の戦いにおいて、ドイツ空軍の英国本土爆撃を撃退するためにパイロットが体を張って戦ったことで知られている。穏やかな紳士にしか見えないアーガイル先生が、まだ十代の時にそんな大変な任務を果たされたということが強く印象に残った。さらに、ずっと後になって、アーガイル先生がスイミング中の事故によって逝去されたということを知ったときにはもう一度驚いた。辞典の項目の短い記述には、このような個人的な体験も感情も盛り込めるはずはなかったので、ここに記す次第である。

 なお、人名項目の記述に際して、心理学者たちが第一次世界大戦や第二次世界大戦にどのように関与したかについて私が詳しく書いているのは、このような経験を踏まえたものである。

 最後になるが、この辞典の完成に協力してくださったすべての皆さま、とりわけ有斐閣書籍編集第二部の中村さやかさん、渡辺晃さん、スタッフの方々に心より御礼申し上げたい。

(子安増生)

公認心理師関連項目について

 本書の大きな特徴は公認心理師関連項目を設けたことである。2015年9月に公認心理師法が公布され、2018年4月から公認心理師養成のカリキュラムが始まり、2018年9月には第1回公認心理師試験がおこなわれた。心理職の国家資格ができたことは日本の心理学史上画期的なことであり、心理学教育や心理職の専門家養成に大きな影響を与えることは確実である。そこで本書も公認心理師の実務や養成に役立つものにしたいと考えた。本書の編集を始めた2016年には、公認心理師のカリキュラムも公認心理師試験の内容も決まっていなかったが、2016年9月~2017年5月に開催された公認心理師カリキュラム等検討会などを通してその理念や内容が明確になっていった。

 新しくできた公認心理師制度の実務や養成はこれまでの臨床心理学とはかなり様相が異なるものであった。これまでの心理アセスメントや心理的支援の知識に加えて、保健医療、福祉、教育、司法・犯罪、産業・労働など多くの分野の法・制度等の知識が求められる。そこで、本書ではこのような公認心理師に必須の法・制度等の用語についての解説も加えることにしたのである。そこで問題となったのは、これまでの心理アセスメントや心理的支援は心理学用語であるのに対し、後者の法・制度の項目は心理学用語ではないものが大半を占めるということであった。そうした法・制度の項目を心理学辞典の本体に含めることには違和感がある読者もおられるかもしれない。そこで、本体の「事項項目」とは別立てで「公認心理師関連項目」を作ってまとめることにしたのである。そのほうがかえって読者の便になるのではないかと思われたのである。

 公認心理師関連項目は総数157に及んだ。これまでの心理学関係者は法・制度等の知識を詳しく学んだ経験がなかった。このため作業はかなり苦労を伴うものとなったが、編集委員や執筆者の地道な努力のおかけで完成させることができた。公認心理師関連項目は、これまでの心理学辞典にはない本書の大きなセールスポイントのひとつとなる。公認心理師の実務や試験準備などでご活用いただければ幸いである。

(丹野義彦)

心理学基礎領域の急展開

 心理学辞典の編集にあたって、心理学の草創期から使用されている用語、概念を網羅することは重要である。本書においても、古い用語・概念ではあるが、今なお、心理学の基軸となるものはほとんど掲載されている。一方では、公認心理師の国資格誕生の象徴されるように大きな制度的変化が起こっており、この国資格に関連する多くの用語・概念が本書に取り上げられたことはすでに述べられたとおりである。

 実は、大きな変化は心理学を取り巻く制度的なものばかりではない。心理学それ自体が周辺科学との相互作用の結果、急速な変化を遂げ、新たな用語や概念が数多く生まれている。とりわけ、コンピュータサイエンス、脳科学や脳機能計測技術の急速な発展に伴って起こった認知心理学領域の急展開など、ここ20年ほどの変化には目を見張るものがある。本書にもその変化を反映して、数多くの最新の用語(たとえば、脳磁図、TMS、中央実行ネットワークなど)が項目として掲載されている。しかもこの変化は今も急速に展開中である。

 最近、たまたま私が医学系の論文の中で見つけた用語にCRCI(cancer-related cognitive impairment)という言葉がある。ガンの発症やその治療過程によって起こる、記憶や注意制御の障害などの認知障害を指す。現段階ではそのような障害がどのような原因でどのようなメカニズムで起こるのかはっきりしないようであるが、国民の2人に1人がガンに罹病するという日本にあっては無視できない障害であり、心理学としてもその測定、その対処に携わるべきであり、貢献できる余地は十分ある。今後、このような心理学の関連領域で起こる新たな展開を見逃さず辞典に敏感に反映させる工夫が必要である。

(箱田裕司)

有斐閣 書斎の窓
2021年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

有斐閣

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