『下山事件 最後の証言』から十六年。再び柴田哲孝が世に投げ掛ける――「私の祖先は何者だったのか?」

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幕末紀

『幕末紀』

著者
柴田 哲孝 [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758413787
発売日
2021/05/14
価格
2,200円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

特集 柴田哲孝の世界

[文] 細谷正充(文芸評論家)


柴田哲孝さん

「私の祖先は、何者だったのか?」幕末の動乱を自らの高祖父を主人公にして描き切った大作『幕末紀』について、柴田家の謎からフリーメイソンにいたるまで語りつくす。

柴田家の伝承と坂本龍馬

細谷正充(以下、細谷) 本書は柴田さん初の歴史小説ですね。まず驚いたのが、主人公である宇和島藩の柴田快太郎が実在の人だということです。内容はどこまで本当なのでしょうか。

柴田哲孝(以下、柴田) 一応、史料もあることはあるんです。過去帳とか家系図とか日記みたいなものとか手紙とか。浪人の借用書まであるので、いつかは何かを書いてみたいと思っていました。

細谷 柴田家は、そういうものを取っておく家系ですか。

柴田 そうですね。でも、ずいぶんまとめて捨てちゃったものもあるんですよ。

細谷 それはもったいない。

柴田 もったいないですね。(だから分からないところも多いので、)最初にこれはすべて創作ですって断っている通り、事実を基にした創作という風に思っていただきたい。

細谷 たしかに、こんなに都合よく幕末の有名人に会わないですよね。

柴田 いや、でも坂本龍馬に会ったのは、昔から家に伝承があって、それは事実らしいんです。その伝承と龍馬のことを調べていると、すべて一致するので、事実なんだろうなと。それから龍馬のお姉さんの栄とうちの祖先の……直系のいとこに当たるのかな? それは龍馬のお姉さんの旦那さんだよというのを言われて調べていたら、本当だということが分かった。

細谷 凄い話ですね。

柴田 あと、長州藩の吉田稔麿は知っていた。そのふたりくらいですかね、確かなのは。下田に行った後のところとか、そういうところはフィクションです。全体論として書きたかったのは、この物語を読んだら幕末がどんな流れだったのか分かる。そういうものができたら、面白いと思ったんです。

細谷 なるほど、それで宇和島藩なのかなという気がしたんですよ。幕末の藩としては、すごく特殊じゃないですか。こういう言い方が正しいかどうか分かりませんが、傍観者みたいなところがありますね。

柴田 本当にそうなんですよ。僕もそのように(実質的な藩主の)伊達宗城さんを描いているんです。

細谷 幕末の四賢侯のひとりだから、かなり政局にコミットした割に、ほぼ藩に傷がない。逆にそのせいもあって、宇和島藩を舞台にした幕末の小説が少ないような気がします。

柴田 本当は宇和島藩だけ、ビシッと書いてもよかったと思うんですけどね。龍馬の話を軸にして書いてもよかった。ただ、ご存じのように歴史小説を、生まれて初めて書くわけです。どんなものかと書き始めたら、やっぱり難しいですね(笑)。言葉遣いとか、当時の細かい仕来りであるとか。そこから勉強しながら書いていたので大変でした。

フィクションかノンフィクション。読者が求めているものとは。

細谷 物語が、桜田門外の変から始まるじゃないですか。もの凄いドキュメント・タッチで。これはノンフィクションの書き方だなと思いながら読んでいました。

柴田 わざとそうしているんですよ。『下山事件 暗殺者たちの夏』の時もそうでしたけど、フィクションかノンフィクションか分からないようなものを、読者は求めていると思ったんですね。煙に巻かれて実際はどっちなんだと。自分はあえて、そういう味を残していきたい。意図的なものです。

細谷 そしてその場に快太郎がいる。

柴田 あの場所にいたことも確かなんですよ。あれほど細かく見ていたかどうか分からないけど。

細谷 そこにいたということは、どう考えても、たまたまではないですよね。

柴田 だから何があるのか、または起こるのか、見てこいという伊達宗城さんの指示があってもおかしくない。事実と、自分の推察というか創作を繋ぎ合わせていくという手法です。そういう風に、立体的に書いていく方が分かりやすい。

細谷 各章の終わりに追記があって、それも興味深いです。

柴田 一次史料が家にありますから。追記の時には、それが出てくることが多いんですけど、本当のことは本当だと。まったくないところは完全に推察です。

細谷 快太郎は脱藩していますけど、宇和島藩士でこれほど歴史とコミットした人がいたということが、大きな驚きです。

柴田 裏で、伊達宗城さんの指示で、いろいろ探り歩いている。

細谷 宗城、有能ですよね。蒸気船を造ったり、早くから鉄砲を取り入れたり。そして他の藩の内ゲバのような、藩士の殺し合いもないまま維新を迎えている。

柴田 そうですね。だから宇和島藩の小説って、もっとあってもいいと思う。

フリーメイソン暗躍説

細谷 本書にはフリーメイソンの話が出てきますね。

柴田 僕の歴史観なんですけど、日本の歴史はずっとフリーメイソンに振り回されているというのがあるんです。黒船のペリーや、タウンゼント・ハリスも、フリーメイソンですから。いっぱいフリーメイソンが来ているので、フリーメイソンの意図とは関係なく明治維新が起きると考えると無理がある。

細谷 明治維新の裏でフリーメイソンが暗躍していたという説は、昔からありますね。では、フリーメイソンは日本をどうしたかったのでしょう。

柴田 恒久的なお得意さんですね。フリーメイソンはいろいろな国にいますから、彼ら全部でもって日本を支配したら、それは植民地ではない。フリーメイソンの畑みたいなものにしたかった。

桜田門の変。あの事件から幕末が劇的に動き出す――。

細谷 先ほど、この物語を読むと幕末の流れが分かるようにしたと仰ってましたが。

柴田 いつから幕末だという議論がありますが、僕は、桜田門外の変からではないかと思っているんですね。あの事件から幕末が、劇的に動き出すんです。

細谷 そうですね。

柴田 そして、ひとつの区切りになったのが禁門の変ですよ。あれで長州が一回完全に潰されて、京都が首都機能を失った。なぜ江戸に遷都したかと言えば、禁門の変で京都が焼けてしまったからなんですよね。町中に何もなくなっちゃったから。そういうことまで含めて、ひとつひとつの事件だけではなく、事件と事件の間の大きな流れ―本流みたいなものを考えていたんですけど大変でした(笑)。

細谷 桜田門外の変から始まって、話的にはある程度、パッパと飛ばざるを得ない。ただ、寺田屋事件あたりから、ひと繋がりみたいになってきますね。

柴田 後半は(舞台が)京都になっていますけど、幕末にはひとつの『京都の時代』というのがあると思うんです。寺田屋事件から京都の時代が始まって、禁門の変で終わるわけですね。これが幕末の第二ステップになるのかな。そのくらいまでを書いたんです。多分、これを読んでくれると、幕末ってこういう時代の流れがあったんだと、分かってくれるんじゃないかな。

細谷 それを快太郎の視点で体験する。

柴田 時代の語り部にしようと思ったんです。よく歴史小説だと、『この人はこうなんだ』って決めつけますが、僕に言わせればそんな人はいない。混乱の時代だから、尊皇か佐幕かで、絶対迷うと思うんですよ。現代に生まれたら生き方に迷うのと同じように。試行錯誤を繰り返していって、自分はこうせざるを得ないとなっていく。その過程を、細かく書き込んでいきたかったということですね。

細谷 まだ快太郎の話は続けられると思うのですが。

柴田 おかしいのは、三十四歳で死んだことになっているけど、七十何歳の晩年の写真があるんですよ(笑)。戊辰戦争で戦って、それも会津側に付いていたらしい。それで会津側があんなことになったので、死んだことにしないとまずいだろうということになったのではないか。

細谷 『下山事件最後の証言』が出た時にもびっくりしたのですけど、柴田一族というのは、幕末から昭和にかけての近代史に、密接にかかわっている一族みたいですね。

柴田 主役になるような一族ではなかったかもしれませんが、ずっとかかわっていたのは事実で、その話は連綿と残っているわけです。爺さん婆さん、叔父さん叔母さんから聞かされて、何かあれば史料も写真も出てくる家なんです。

細谷 そこから、また新しい小説が生まれることを期待しています。

柴田 今後も歴史小説を書いていこうと思います。

 ***

【著者紹介】

柴田哲孝(しばた・てつたか)

1957年東京都生まれ。日本大学芸術学部中退。2006年『下山事件 最後の証言』で第59回日本推理作家協会賞(評論その他の部門)と第24回日本冒険小説協会大賞(実録賞)をダブル受賞。2007年『TENGU』で第9回大藪春彦賞を受賞する。他の著書に『GEQ』『国境の雪』『デッドエンド』『下山事件 暗殺者たちの夏』『ISOROKU 異聞・真珠湾攻撃』などがある。

聞き手/細谷正充、写真/北谷夏花

角川春樹事務所 ランティエ
2021年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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