『ブックキーパー 脳男』
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14年ぶりに帰ってきた“人間を演じる男”
[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)
この四半世紀の江戸川乱歩賞受賞作でいちばん印象的な作品は?と訊かれたら、真っ先に浮かぶのは首藤瓜於『脳男』(2000年)だ。“脳男”こと鈴木一郎(映画では生田斗真が演じた)のインパクトはとくに強烈で、ろくに台詞もないのに、存在感は『羊たちの沈黙』のレクター博士並み。痛みを感じず、感情を持たず、人間的な行動すべてを後天的に学習し、人間を演じる男。一度見たものは決して忘れない驚異の記憶力と、体の細部まで完璧にコントロールする異常な身体能力を持つ。
その脳男が、『指し手の顔 脳男II』以来、14年ぶりに帰ってきた。
中部地方第二の(架空の)大都会・愛宕市を舞台にした事件に、問題の鈴木一郎と、県警の茶屋警部や精神科医の鷲谷真梨子がからむ―という基本線は前2作と同様だが、今回は冒頭から強烈な新キャラが主役格で登場する。その名は鵜飼縣。
まだ20代前半(推定)の女性だが、階級は警視。所属は警視庁捜査一課与件記録統計分析係第二分室。相棒が全国の事件データをチェックする過程で、1カ月のうちに3人が全国のばらばらの場所で拷問され殺されている事実を発見。偽装された身元の背後から被害者の共通点を見つけ出した縣は愛宕市に着目し、新たな事件の現場となった同市内の邸宅に赴いたところ、茶屋警部と遭遇する。どうやら、一連の事件には、所轄署のひとつが総出で追っている謎の老人が関係しているらしい。そこに見え隠れする鈴木一郎の影……。
著者の別シリーズの刑事たち(動坂署)がゲスト出演する趣向や、天才vs天才の対決も楽しいが、点と点がつながって、シリーズ・キャラクターの意外な過去が浮かび上がってくる展開が実にスリリング。英語でブックキーパーと言えば帳簿係のことだが、この題名の真の意味が明らかになるラストのスペクタクルがまたすさまじい。14年待った甲斐のある、600ページ一気読みの快作だ。