『死者だけが血を流す/淋しがりやのキング』
- 著者
- 生島 治郎 [著]/北上 次郎 [編集]/日下 三蔵 [編集]/杉江 松恋 [編集]
- 出版社
- 東京創元社
- ジャンル
- 文学/日本文学、小説・物語
- ISBN
- 9784488400217
- 発売日
- 2021/04/21
- 価格
- 1,650円(税込)
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ハードボイルドファンの渇を癒すような全集が刊行開始
[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)
かつて、あれほど文庫化されていた生島治郎作品は、一体どこへ行ってしまったのだろう。
処女作『傷痕の街』(講談社文庫)や直木賞を受賞した『追いつめる』(中公文庫)等々。いや、そればかりではない。一時はあんなに手軽に手に取る事の出来た和製ハードボイルドの名だたる名作が、みな、絶版になっているではないか。
そんな時、あたかもハードボイルドファンの渇を癒すが如く刊行が開始されたのが『日本ハードボイルド全集』全七巻である。第一巻は生島治郎作品を七篇収めた『死者だけが血を流す/淋しがりやのキング』となっている。
長篇『死者だけが血を流す』は、金沢を思わせる北陸の古都を舞台に、元やくざの牧良一が政治家の秘書となって地方の腐敗した選挙戦に奔走する物語である。
牧は十三歳の時、大陸から引き揚げてきた、いわば異邦人として設定されている。これは作者自身の体験と重なる。
牧の目の前に立ち塞がるのは、あたかも老人の列のような低い家並である。それらは、しぶとく、頑固に、だまってうずくまっており、経験の浅い若者達を心で嘲笑いながら、なにひとつ教えてやろうとはしない。
すなわちそれは、古い、日本的風土の象徴でもあった。
作品は、ハードボイルドの形をとりながら、異邦人・牧が、日本的風土との対決を経て、新たな個人として再生していく様を活写している。
こうしたテーマは処女作『傷痕の街』から発展継承されたもので、初期の生島作品を貫くものと言える。
『傷痕の街』の主人公・久須見健三は、戦争中の部下・稲垣の言う、戦中に感じた深い絆と信頼感を一蹴し、新たな個人として再生しようとしている人物である。
『死者だけが血を流す』では、人間同士の葛藤が、人間と風土とのそれへまで高められている。久須見は、本書では「淋しがりやのキング」と「チャイナタウン・ブルース」に登場する。
楽しみな全集の刊行を心から喜びたい。