鳴かずのカッコウ 手嶋龍一著 小学館

レビュー

7
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鳴かずのカッコウ

『鳴かずのカッコウ』

著者
手嶋 龍一 [著]
出版社
小学館
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784093866033
発売日
2021/02/25
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

鳴かずのカッコウ 手嶋龍一著 小学館

[レビュアー] 橋本五郎(読売新聞特別編集委員)

 国益と陰謀渦巻く国際諜報(ちょうほう)活動の現実を難解な連立方程式を解くようにこれほど生々しく描けるのは、国際政治の現実を知り尽くし、インテリジェンス(諜報)の世界に精通した著者でなければ叶(かな)わぬことだろう。著者にとって11年ぶりというこの小説は面白さに満ちている。

 ヒト、モノ、カネのない「三無官庁」の公安調査庁にあって、梶壮太は脱力系で「Mr.ジミー・チョー(超地味)」とも呼ばれるが、一度目にした光景は細部にいたるまで憶(おぼ)えているという特技をもつ。その壮太が中国、北朝鮮、ウクライナ、バングラデシュ、神戸を舞台にした暗躍の現場を持ち前の粘り強さで暴いていく。

 そこから浮かび上がってくる諜報現場の姿は周到な戦略で目的を遂げようとする荒々しさ、国家同士は表で激しく対立しながら裏では互いの利益のため手を握ることを辞さないしたたかさだ。それにひきかえ日本の情報弱国ぶりは何だ、国家として立て直さなければいけないという著者の声が聞こえる。壮太の上司柏倉頼之のインテリジェンス論は神髄を衝(つ)いている。

 「三無官庁ゆえの強みもある。カッコウの技や。托卵(たくらん)といってな、カッコウは他の鳥の巣に卵をそっと産みつけて孵化(ふか)させる。カッコウの托卵、つまり偽装の技や」

 「夥(おびただ)しいノイズのなかから、迫りくる危機のシグナルを聞き分け、国家の災厄を言い当ててみせる。これがわれわれの使命や」

 「ええか、梶。思い込みほど恐ろしいもんはない。われわれの眼(め)を曇らせるのは、いつかて思い込みや」

 事件のシナリオを書いているのはどこの国なのか。そのすべてを高みから見通しているのは誰なのか。終盤になって物語は意想外の展開を見せる。それにしても暗く奥深い諜報の世界を描きながら、風景描写にはロマンがあり、茶の湯や和歌の深遠さも十分描かれている。その意味でもこの小説には花(華)も実もある。

読売新聞
2021年5月9日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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