『論語』 渡邉義浩著 講談社選書メチエ

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『論語』 孔子の言葉はいかにつくられたか

『『論語』 孔子の言葉はいかにつくられたか』

著者
渡邉 義浩 [著]
出版社
講談社
ジャンル
哲学・宗教・心理学/哲学
ISBN
9784065223796
発売日
2021/02/12
価格
2,090円(税込)

書籍情報:openBD

『論語』 渡邉義浩著 講談社選書メチエ

[レビュアー] 中島隆博(哲学者・東京大教授)

 『論語』は不思議な書物である。それは児童の教育に用いられた一方で、孔子の深遠な教えに迫るべく、優れた学者たちが渾身(こんしん)の力を込めて注釈し続けるものであった。日本でよく読まれている『論語』の多くは、南宋の朱熹(しゅき)の注釈に基づいている。それは、朱子学の体系性のもと、「宇宙に根拠づけられた道の完全な体現者として孔子を見る」ものだ。ところが、本書が主に扱うのは、「新注」と呼ばれる朱熹が注釈する以前の古い解釈である古注だ。

 古い聖典の多くがそうであるように、『論語』もまた複数のテキストと解釈の複合体であって、その成立と変容の過程は実に複雑である。とりわけ近年は考古学的な発見もあり、文献学的な探究とあわせて議論は熱を帯びている。そのなかでも特に、中国新疆(しんきょう)ウイグル自治区のトルファンで発見された鄭玄(じょうげん)の『論語注』の一部は重要である。それは論語を学んでいた唐の十二歳の卜天寿(ぼくてんじゅ)が書き写したものだ。それによると、後漢の優れた儒学者である鄭玄は、孔子を完全無欠の聖人としてではなく、誤りも認めた上で、『論語』をそれ以外の経書と連絡させて、体系的に解釈した。具体的には、『周礼』を頂点とする礼の体系に『論語』を統合したのである。しかし、十二歳の子どもにとって、鄭玄は難しすぎたようで、勉強から早く解放されたいという詩が書きつけられている。

 『論語』の解釈史においてもう一つ重要なのは、魏の学者、何晏(かあん)の『論語集解』である。幸いなことに、著者の編集による『全譯論語集解』上下(汲古書院)が出されており、平易な訳文で全文を読むことができる。老荘思想と儒教を兼ねる玄学(げんがく)を創始した何晏の解釈の特徴は、著者によると「兼(けん)」にある。それは諸家の説を兼ね合わせるだけでなく、老荘と儒教をともに貫く道にもとづいた統治方法を『論語』に読み取るものであった。

 本書はそれらの古注に目配りしながら、『論語』のもう一つの読み方を豊かに提示している。古典の複雑微妙な味を是非ご賞味いただきたい。

読売新聞
2021年5月9日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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