これでおしまい 篠田桃紅著
[レビュアー] 中江有里(女優・作家)
◆自由を追求 大胆不敵に
まえがきに続き、目次、本文扉を開くといきなりこの言葉を突き付けられる。
「人は結局孤独。一人。」
今年三月に亡くなった世界的美術家・篠田桃紅の残した言葉と評伝。「孤独」「自由」「生きる」などシンプルで奥深い人生訓がバラの棘(とげ)のような鋭さで心を突いてくる。人生をかけて見出した実感だと伝わった。
一九一三年、旧満州に生まれたことから「満洲子(ますこ)」と名付けられた著者は帰国後、西洋と東洋が入り混じった文化の中で育ち、父から書の手ほどきを受け、やがて「桃紅」という雅号を渡された。
著者が美術家を志したのは、漢学に通じた風流な父の美意識に影響を受けたこともあるが、自身曰(いわ)く「大人の言うことを聞かない」性格も大きい。女学校を出たら結婚することが女性の幸せだと考えられていた時代、「自由に生きたい」という思いをひたすら強め、邁(まい)進した。
なぜそう思うようになったのか。その理由を性格だと説きながら、境遇、この世によって運命が決まる、とも言う。
人は何も持たずに生まれ、死んでいく。生きている間にいろんなものを持とうとして執着するほど、不自由になるのかもしれない。
しかし著者は自由であることを追求した。自立を目指す女性にとっては逆風の時代にそれを成し得ることの難しさは正直言って計り知れない。
自らに由(よ)ると書いて「自由」。俯瞰(ふかん)で見れば著者の人生は自由であるための逆算とも見えるが、おそらくそんな計算などしていない。
「わかっていない部分があって、どこかで期待しているから生きている」
この世の一寸先がわからないことは、感染症の拡大で誰もが身に沁(し)みている。人生も先がわからないから、とにかく生きるしかない。その中で抜きんでるチャンスを逃さずにいることが、芸術家の運命を左右するのだろう。
自由とは、自らの責任を持って自分を生かすこと。著者は自分という乗り物を大きく羽ばたかせる操縦士のように大胆不敵に生き抜いた。
(講談社・1540円)
1913年生まれ。美術家。墨による抽象表現を追求し、世界各地で個展開催。3月死去。
◆もう1冊
篠田桃紅著『一〇三歳になってわかったこと』(幻冬舎文庫)