主人公と駆けめぐる「伏線」たち――『フラッガーの方程式』【文庫巻末解説】

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フラッガーの方程式

『フラッガーの方程式』

著者
浅倉 秋成 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041096871
発売日
2021/04/23
価格
1,078円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

主人公と駆けめぐる「伏線」たち――『フラッガーの方程式』【文庫巻末解説】

[レビュアー] 杉江松恋(書評家)

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

■主人公と駆けめぐる「伏線」たち――『フラッガーの方程式』【文庫巻末解説】

解説
杉江 松恋

 駆けめぐる伏線小説、とでも言うべきか。
 伏線が駆ける、というのもおかしな表現だが、他に言いようが思いつかない。主人公と一緒に走るのである、伏線が。それらの「伏線」たちは出鱈目な動きをしているように見えるが、実は自動追尾装置付きの弾頭よろしく計算された動きをしていたことが最後にわかる。浅倉秋成『フラッガーの方程式』とは、そういう小説である。
 本文の第一行は、「終わりに」という文言から始まる。物語全体が一つの報告書に含まれた形になっており、その結文が冒頭に来ているのだ。記述者は「フラッガーシステム開発プロジェクト シナリオ編成・広報・営業担当」を名乗る村田静山という人物である。
 主人公の〈俺〉こと東條涼一は、その村田からフラッガーシステムなるプロジェクトでデバッガー役を務めるように勧誘される。フラッガーシステムとは「誰もが現実において、物語の主人公になれるシステム」である。特殊な電波を発信して人々の行動や思考を変容させることにより、「ノンフィクションである現実の上に」「きちんと的確な伏線を張り、余すことなく美しく回収、更には求めるラストシーンに向けて、誰もが納得のいく一級の物語を作り上げ」てくれるというのだ。そのシステムを稼働させるにあたっての実験役として白羽の矢が立ったわけである。胡散臭い話だが、同じクラスの佐藤さんに恋心を抱いている涼一は依頼を引き受ける。物語のような恋ができる。これを逃す手はないではないか。
 だが実験が始まった途端に困った事態が出来する。一人息子の涼一を放置して、両親が海外に転勤してしまったのだ。突然の一人暮らしを強いられたのはもちろんフラッガーシステムが稼働したからであった。両親が同居していては主人公の行動は自由度が制限され、好きな女の子とも思うようにイチャイチャすることができない、というのがその理由である。
 フラッガーシステムのシナリオは、アニメ評論家を自称する村田の嗜好を反映した形で構成されていた。シナリオ・データベースに登録された三百作品のうち、二百九十九までが深夜アニメだったのである。深夜アニメの主流はラブコメだ。その日から涼一の生活は、突如彼を「お兄ちゃん」呼ばわりする娘と同居することになったり、大富豪子女の生徒会長となぜか毎日デートすることになったりと、恋愛がらみのイベントが溢れかえることになる。
 システムのせいで、次から次に異常な事態が発生する。ほとんどの登場人物がボケ、主人公が一人でツッコミをこなしているような状態であり、その絶え間ない応酬によって物語のテンポが出来上がり、ページを先へ先へとめくらせる原動力になるのである。涼一にはデバッガーとして絶対の条件がある。彼の言動はシステムに「フラグ」として認識される可能性があるということだ。物語が歪み、佐藤さんとの恋愛成就という目的が変わっては意味がない。おかしなフラグを立ててしまわないよう、涼一は努力の毎日を送るのである。

フラッガーの方程式 著者 浅倉 秋成 定価: 1,078円(本体980...
フラッガーの方程式 著者 浅倉 秋成 定価: 1,078円(本体980…

 フラグが「立つ」だけではなく「立てる」ものになって久しい。
 ネットで検索してみると「一級フラグ建築士」などを筆頭に続々と類語が上がってくる。フラグを立てるという概念は、すでに一般層に浸透していると見ていいだろう。新橋駅前の酔っぱらい会社員に「フラグってなんだかわかりますか」と質問する情報番組も、私が知らないだけですでに放送されているのかもしれない。
 場面の連なりが意味を持ち始めると、型の一つとして認識されるようになる。後続作品によってそれらは踏襲されるが、中には先入観を利用して意外な展開を仕掛けるような作り手も出てくる。どんなジャンルでも繰り返されてきたことだ。お約束とその裏切りは、そうした型を情報の受け手が先刻承知していることを前提として、メタ化を図ってくる。この先どうなるかはご存じでしょう、選択肢は複数ありますがどれを選ぶと思いますか、と作品内にいる者が読者や観客に語りかけてくるのである。フラグが「立つ」ことについて登場人物が言及するというのはそういうことだ。
 本書でも黒子的な立場である村田が、しばしば物語の深夜アニメ的展開がどのようにテンプレート化されているかについて言及する。楽屋落ち的な笑いを誘うくだりではあるが、「私」(登場人物及び彼らに語らせている作者)と「あなた」(読者)が享受している物語とはそうした性格のものではないか、という評論的言辞がそこには含まれる。このスラップスティックに徹した喜劇小説の諸処にそれが置かれることで、薬味のような効果を挙げているのである。
『フラッガーの方程式』は、浅倉秋成の第二長篇にあたる作品だ。浅倉のデビュー作は、第十三回講談社BOX新人賞Pоwersを獲得し、二〇一二年に刊行された『ノワール・レヴナント』(角川文庫近刊予定)である。それに続くのが本作で、親版は講談社BOXから刊行された。奥付の日付は二〇一三年三月一日刊になっている。今回が初の文庫化だ。
 作者の知名度は最近になって急速に高まった。きっかけは、二〇一九年に刊行された第四、第五長篇『教室が、ひとりになるまで』(現・角川文庫)と『九度目の十八歳を迎えた君と』(現・創元推理文庫)がミステリー読者の間で話題になったことだろう。前者では、学園内で起きた連続自殺事件が話の中核になる。実はその学園には特殊能力の持ち主が一定数現れるという伝説があった。誰が、どんな能力の持ち主なのか。それが事件にどう作用しているのか、という謎の設定が斬新な物語である。後者は、高校の同級生がまったく歳を取らずに三年生を繰り返しながら生きていることを主人公が発見する場面から始まる。その同級生が過去の出来事に執着しているために異常事態が起きているのだ。その出来事とは何かというのが謎の核で、分類としては動機を問う「なぜ」のミステリーと言っていい。
 続けて発表した二作で毛色の違う斬新な謎を呈示したことがミステリー読者による評価につながった。純然たる謎解き小説を上梓したのは両作が初めてだが、そうした要素はデビュー当初より持っていたものであることが振り返ってみればわかる。たとえば『教室が、ひとりになるまで』の複数の登場人物が異なる特殊能力の持ち主であり、それを用いて行動することで話が展開していくという構成は『ノワール・レヴナント』のものだ。『九度目の十八歳を迎えた君と』を読んだ際には、主人公たちの心情の描き方はもちろん、終盤で判明する伏線の多さに舌を巻いた記憶がある。思えばこうした埋め込みの技術を、作者は『フラッガーの方程式』ですでに見せていたわけである。
 初期作品では、第三作『失恋覚悟のラウンドアバウト』(二〇一六年。講談社)が、主人公のついた嘘のために解決しなければならない事件が起きるという物語であった。主人公になんらかの屈託を抱えさせ、その重みによって生じたひずみ、傾きのようなものが事態を動かし続けるという話の作り方を浅倉はとる。思い切りドタバタ劇のほうに振ったのが本書だが、二〇一九年の二作はその対極にあるものの、通底する原理はおそらく同じなのだ。
 物語にはいくつかの型が存在する。定型をなぞったとしても、独自の登場人物をその中で動かすことで他にない物語を作り出すことができる。浅倉作品の根底にあるのはそうした作者の信念なのではないだろうか。鉄道は同じレールの上を行く。だが、その道中で旅人は、それぞれ違った感動を味わうはずだ。実に愉快な『フラッガーの方程式』を読みながら、行間から感じる作者の気骨について私はずっと考えていた。

■作品紹介

主人公と駆けめぐる「伏線」たち――『フラッガーの方程式』【文庫巻末解説】
主人公と駆けめぐる「伏線」たち――『フラッガーの方程式』【文庫巻末解説】

フラッガーの方程式
著者 浅倉 秋成
定価: 1,078円(本体980円+税)

鮮やかすぎる伏線回収!気鋭ミステリ作家の技巧が光る、笑いと涙の青春小説
「物語の主人公になって、劇的な人生を送りませんか?」
平凡な高校生・涼一は、日常をドラマに変える《フラッガーシステム》のモニターになる。
意中の同級生佐藤さんと仲良くなりたかっただけなのに、生活は激変!
ツンデレお嬢様とのラブコメ展開、さらには魔術師になって悪の組織と対決!?
佐藤さんとのロマンスはどこへやら、システムは「ある意味」感動的な結末へと暴走をはじめる! 
伏線がたぐり寄せる奇跡の青春ストーリー。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322003000405/

KADOKAWA カドブン
2021年05月18日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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