シリーズ開始から22年――岬美由紀が帰ってくる!――『千里眼の復活』【文庫巻末解説】

レビュー

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千里眼の復活

『千里眼の復活』

著者
松岡 圭祐 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041113967
発売日
2021/04/23
価格
880円(税込)

書籍情報:openBD

シリーズ開始から22年――岬美由紀が帰ってくる!――『千里眼の復活』【文庫巻末解説】

[レビュアー] 千街晶之(文芸評論家・ミステリ評論家)

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

■シリーズ開始から22年――岬美由紀が帰ってくる!――『千里眼の復活』【文庫巻末解説】

解説
千街 晶之(ミステリ評論家)

 千里眼の復活。
 このタイトルが、すべてを語っていると言ってもいいだろう。本書は松岡圭祐の「千里眼」シリーズの、実に十二年ぶりの書き下ろし新作である。
「千里眼」シリーズは、一九九九年に小学館から刊行された『千里眼』に始まる(翌年には第二回大藪春彦賞にノミネートされている)。この小学館版のシリーズは、二○○六年の『千里眼 背徳のシンデレラ』まで十二作が発表され、同年には他シリーズとリンクする『ブラッドタイプ』が徳間書店から出ているが、翌二○○七年の『千里眼 完全版』以降は、シリーズの既刊が角川文庫から「クラシックシリーズ」として再刊されはじめた。これは単なる改訂版ではなく、大幅な改稿によって別作品に生まれ変わったと言っていいものであり、現時点ではこのクラシックシリーズが正式版ということになる。また同年の『千里眼 The Start』を一作目として、同じく角川文庫からシリーズの完全新作も並行して刊行されるようになった(以下、こちらを新シリーズと記す)。
 主人公の岬美由紀は、防衛大学校を首席で卒業し、女性自衛官として初めてF-15Jの操縦桿を握るなど目ざましい活躍を繰り広げたが、命令を無視して人命救助を優先する行動に走り、その件に対する上層部の決着に納得できず退官し、臨床心理士となった。だが彼女の前には、日本転覆を企むカルト教団・恒星天球教、心理学による大衆煽動で歴史を裏から動かすメフィスト・コンサルティング・グループ、機械を信奉し人類滅亡を目標とするノン=クオリアといった強大な組織が次々と立ちはだかる……というのがシリーズの今までの展開である。
 新シリーズの十作目にあたる『千里眼 キネシクス・アイ』が、シリーズ十周年記念として二○○九年三月に書き下ろし単行本で上梓され、同年十月には文庫版が刊行されたが、今後の展開を暗示するような記述もあるものの一応これまでの流れに決着をつけたと言える内容であり、このあとシリーズの新作は発表されていなかった。本書まで十二年の間隔が空いた理由は定かではないけれども、小学館版の第一作から数えて二十二年という長きに亘って読み継がれてきた著者の看板シリーズの、満を持しての再開である。何はともあれ、読まないという手はないだろう。

千里眼の復活 著者 松岡 圭祐 定価: 880円(本体800円+税)
千里眼の復活 著者 松岡 圭祐 定価: 880円(本体800円+税)

 本書は、岬美由紀の元職場である茨城県の航空自衛隊百里基地で、アメリカから購入した改良型最新鋭機のF-70が、何者かの操縦によって奪われるという事件が発生したところから幕を開ける。厄介なのは、F-70のステルス性能のせいで味方にも探知不能な状態に陥ったことだ。更に、在日米軍の普天間基地から、もう一機のF-70が奪われた。
 F-70に関する情報にアクセスし、コピーした嫌疑をかけられたのは情報処理係の神原千秋二等空尉だったが、彼女は犯行を否定する。基地専属の臨床心理士・湯川幸造のほか、岬美由紀とは旧知の間柄の臨床心理士・嵯峨敏也も呼ばれ、神原に催眠療法を行うが、重要情報を伏せられたままの状態でのカウンセリングには限界があり、元自衛官である美由紀の協力を求めることになった──自己都合で退官した彼女を快く思わない自衛隊上層部の反対を押し切るかたちで。
 美由紀は退官後、さまざまな職場に派遣されながらカウンセリングの仕事をしており、現在は東京都杉並区にある杉並和順園という児童養護施設で働いている。そこから基地に向かった彼女は、衝撃的な事態に直面する……。
 読者のお楽しみを奪わないため、先の展開は具体的には触れないでおくが、日本という国が滅びかねない危機が待っていることは記しておく。このシリーズではたびたびテロが起きているけれども、本書のそれは規模の大きさではトップクラスだろう。そして作中の謀略は、見せかけの構図の裏にまた裏があるという複雑さであり、しかも冒頭の時点で既に読者に対する罠が仕掛けられているのだ。
 前作から本書までのあいだ、岬美由紀は何をしていたのか──というのは気になるところだが、本書での彼女の活躍ぶりはブランクを全く感じさせない。作中の説明によると、彼女はコロナ禍についてどの団体よりも早く、空港閉鎖や渡航禁止を訴える意見書を政府筋に提出したとされている。児童養護施設で働きながら政府に意見書を提出する女性──というのはなかなか型破りだが、そもそも彼女は、膨大な知識とずば抜けた身体能力、そしてパイロットとして鍛えられた動体視力を心理学に基づく表情観察に活かし、相手の感情や思考を読む能力を持つ万能のキャラクターとして設定されており、今までに世界各国を股にかけて国内外の紛争を阻止してきた。こう記せば荒唐無稽に思えるだろうが、それだけにとどまらないのは、クラシックシリーズと新シリーズを通して取り入れられている、現実を反映した社会的モチーフによるものだ。
 そもそも、小学館版『千里眼』で恒星天球教なるカルト教団が登場したのは、一九九五年のオウム真理教のテロがまだ記憶に新しい時期のことであった。小学館版の旧シリーズが角川文庫版のクラシックシリーズに生まれ変わったのも、そうしたモチーフの説得力ある扱いという点でシリーズ全体にアップデートを施す必要があったからだ。その過程で、岬美由紀に関する新たな設定や過去のエピソードが追加され、ハリウッド映画的なスーパーヒロイン化が進む一方、作中の社会的トピックや国際情勢などのディテールはリアルさが強調されてゆく。
 本書で言えば、F-70という存在はフィクションではあるものの、その背景にはここ数年の国防や日米同盟をめぐる最新の動きが書き込まれている。アメリカのロッキード・マーティン社が中心となって開発したF-35を日本の防衛省が大量購入することが正式発表されたのは二○一九年だが、性能に不具合がいろいろ指摘されていることは作中の記述通りだ(二○一九年四月には青森県三沢市東方の太平洋上で、訓練中のF-35が墜落するという事故が起きている)。F-35は、アメリカ製品の購入の拡大を求めるドナルド・トランプ大統領(当時)がトップセールスをかけた主力商品として、強い政治性を帯びた存在である。そのF-35の設計面での問題点を解消したF-70という戦闘機を出し、それが高性能さ故にかえって自衛隊にとっても米軍にとっても手に負えない存在と化してしまうという逆説を描くことで、本書は社会諷刺小説としての側面を具えているのだ。
 このシリーズでは今後も、さまざまなリアルタイムの事件やトピックが貪欲に取り入れられてゆくだろうが、現実社会で何が起こるかは誰にも正確には予測できない以上、著者は先の設計図を描きにくい創作活動に身を投じていかなければならず、それが他にはないこのシリーズ独自のスリルとなっていることは間違いない。そこに、メフィスト・コンサルティング・グループやノン=クオリアといった強大な敵組織との戦いをどのように絡めてゆくのか、作家としての腕前が試されるハードルは高くなる一方だが、岬美由紀が数々の危機を乗り越えてきたように、著者も新たな挑戦を止めることはしない筈である。筆の速さに定評がある著者のこと、次作にお目にかかれるのも遠い未来のことではないだろう。

KADOKAWA カドブン
2021年05月19日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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