セカンドシーズン始動『火車の残花 浮雲心霊奇譚』神永学インタビュー「これまでできなかった挑戦を」

インタビュー

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火車の残花 浮雲心霊奇譚

『火車の残花 浮雲心霊奇譚』

著者
神永 学 [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784087717433
発売日
2021/05/10
価格
1,650円(税込)

書籍情報:openBD

セカンドシーズン始動『火車の残花 浮雲心霊奇譚』神永学インタビュー「これまでできなかった挑戦を」

[文] 朝宮運河(書評家)

自由度が高くなったセカンドシーズンで、これまでできなかった挑戦もしていきたい

神永 学
神永 学

死者の魂が見える赤い瞳の“憑きもの落とし”浮雲(うきくも)が、いくつもの怪事件を解決してゆく幕末時代ミステリー「浮雲心霊奇譚」。新シーズンの一作目となる『火車の残花 浮雲心霊奇譚』が刊行されました。過去の因縁を断ち切るため浮雲は、盟友・土方歳三(ひじかたとしぞう)とともに江戸から京都へ向かいます。その道中で炎とともに現れる妖怪・火車(かしゃ)にまつわる事件と遭遇しますが……。
“セカンドシーズン”の幕開けとなる興奮の新作について、著者・神永学さんにお話をうかがいました。

神永 学
神永 学

浮雲シリーズ、第二期のスタート

─ 前作(『浮雲心霊奇譚 血縁(けつえん)の理(ことわり)』)の結末で、自らの運命に立ち向かうことを決意した浮雲は、江戸から京都へと旅立ちます。『火車の残花 浮雲心霊奇譚』はその旅の途中、彼が関わることになった事件を描いた長編です。

 シリーズを立ち上げた当初から、浮雲が京都に旅立ち、時代のうねりに吞み込まれていく、という展開は考えていたんです。でも旅に出たが最後、ストーリーが動き始めるので、タイミングを見計らっていたんですね。その時期がついにやってきた。ここからがセカンドシーズンの始まりです。これまでは主に江戸を舞台にしてきましたが、セカンドシーズンでは東海道を旅する中での、出会いや事件を描いていくつもりです。

─ 浮雲とともに東海道を旅するのは、盟友・土方歳三。薬の行商人である彼が、危険な旅に同行するのはなぜでしょうか? 

 この時期の土方はまだ地に足が着いておらず、流されるままに生きているんです。浮雲の旅に同行したのも、明確な理由があったわけではなく、一緒に行けば退屈しなそうだ、くらいの気持ちですね。時代小説や映画に登場する土方は、芯があってぶれない男として描かれることが多いですが、「バラガキ」と呼ばれた行商人が剣の道に入り、新選組の副長となるまでには、きっと試行錯誤の時代があったはず。この旅では土方がどのように自分の道を見定めたのかを、浮雲を中心とした事件に絡めながら、描いていくつもりです。

─ 「小説すばる」二〇二〇年四月号から十二月号にかけて連載された作品ですが、単行本化にあたって、かなり加筆をされたそうですね。

 原稿用紙七十枚くらいは加筆しています。これまではスリムに、分かりやすく書くことを心がけていたんですが、今回はあえて「遊び」の部分をつけ加えて、作品に膨らみを持たせるようにしています。最近、過去の名作ミステリーと呼ばれるものを読み返しているんですが、歴史に残る作品はトリックはもちろん、説明や蘊蓄(うんちく)の部分までが面白いんですよ。料理に喩(たと)えるなら、メインディッシュだけじゃなく、食前酒からデザートまですべてが美味しい。自分もそういうレベルを目指さないと、と思うようになりました。連載時よりも描写を増やし、新たなキャラクターを追加して、隅々までブラッシュアップしています。ページを開いた際の、活字のバランスまで考えました。時間はかかりましたが、担当さんと共同作業で作品を磨き上げていくのは、やり甲斐のある作業でしたね。

─ 多摩川を舟で渡っていた浮雲と土方は、船頭から妙な話を聞かされます。夜、舟を操っていた武士が炎に包まれて川に転落。その近くでは赤い炎を吐く、怪しい女が目撃されたというのです。女は高笑いし、「火車が連れていった。罪人を連れて行った。次は、おのれらだ。覚悟しろ――」と不吉な言葉を口にします。

 実は「小説すばる」の連載では、妖怪が火車ではなく河童だったんですね。連載で読んでいた皆さん、すみません、というくらいイメージが変わりました(笑)。作品の基本構造は同じなんですが、加筆したことで人間ドラマがより深いものになった。その内容とマッチしているのは、河童よりも“罪人の亡骸(なきがら)を奪う”とされる火車だろうなと。多摩川にあった「六郷の渡し」は今も跡地が残っているので、現地取材をしてイメージを膨らませました。セカンドシーズンでは、これまで扱えなかった舞台も積極的に取りあげるつもりです。

若き日の土方歳三、そして坂本龍馬(さかもとりょうま)

─ 川崎の宿場町に到着した二人は、幽霊に悩まされているという飯盛旅籠(めしもりはたご)・紅屋(べにや)の噂を知り、事件解決に乗り出します。紅屋を訪れた二人が目にしたのは、様子がおかしくなって閉じこめられている紅屋の一人息子、そして炎とともに現れる女の幽霊でした。

 飯盛旅籠も江戸時代ならではの舞台ですよね。飯盛女と呼ばれる女中がいて、客の夜の相手をしていた。吉原などに比べると資料があまり残っていないので、飯盛女の実際はよく分からないのですが、借金のかたに売りとばされて、不自由な生活を強(し)いられていた女性も多くいたでしょう。今と比べてはるかに人権意識が低かった時代、社会の歪みはもろに立場の弱い女性たちを直撃していたんです。

─ 幽霊を追いかけて、荒れ果てた寺に足を踏み入れた土方は、四人組の男に囲まれます。刀を抜いて襲いかかってくる男たちを前に、土方の胸中には、人を斬りたい、という黒い衝動が湧きあがってきます。

 僕の中では、もともと土方歳三って黒いイメージなんです。幕末の英雄として美化されていますが、調べてみるとかなり危(あや)うい人ですよ。強いコンプレックスの持ち主で、力と権力にとてつもない憧れがある。人間らしいとも言えるんですが、幕末好きが漠然とイメージしているような正統派のヒーローではない。散り際が格好いいので、勘違いしちゃうんですよね。このシリーズでは一貫して、土方をにこやかだけど底が知れない男として描いてきました。今回は土方自身が語り手を務めたこともあって、その部分がよりクローズアップされたと思います。

─ 浮雲たちは偶然知り合った若い侍・才谷梅太郎(さいたにうめたろう)とともに、一連の事件を探ることになります。この男こそ後の坂本龍馬。青年時代の土方と龍馬が競演するという、幕末ファンにたまらない展開でした。

 歴史的に噓があってはまずいので、土方と龍馬の足取りはできるだけ詳しく調べました。この時期、龍馬は江戸に遊学しているので、川崎にいてもおかしくはないはずです。龍馬も若い頃は相当にやんちゃで、与えられた才能をもてあましている。世の中のために何かをしたくても、具体的に何をしたらいいのか分からない状態なんです。理想ばかりで行動が伴わない新入社員みたいなものですね(笑)。そんな龍馬が、浮雲たちとの出会いを通し、自らの方向性を定めていくという流れになるのも面白いかなと思いました。

視点によってキャラクターは変化する

─ 才谷と浮雲が意気投合し、酒を酌み交わすというシーンが微笑(ほほえ)ましいですね。シリーズ初期の頃に比べると、ずいぶん浮雲も人間が丸くなったように思いますが。

 それは作者としても意外でした。僕のキャラクターは皆、人との出会いによって変化していきますが、浮雲も色々な事件を経験し、確実に変わってきていますよね。それに土方に比べると、浮雲はもともとまっすぐな人間です。よく憎まれ口を叩きますが、あれはあくまで照れ隠しなんですよ。本当に人嫌いなわけではなくて、内心では困っている人を助けたいと思っている。浮雲の言葉をストレートに受け止めてしまう八十八(やそはち)(絵師志望の青年。第一シーズンの語り手)と違って、土方はそんな浮雲の性格に気づいているので、“素直になれない可愛いやつ”という面がどうしても出てくるんですね(笑)。視点によってキャラクターの見え方はこんなに違うんだな、というのは新鮮な発見でした。

─ 才谷は土方が抑えこんでいる黒い衝動に気づき、「血に飢えた狼」のようだと評しました。一方、土方と一夜をともにした紅屋の女中・千代(ちよ)は、土方のことを怯えて可哀相な狼だと表現します。

 これも見る人によって受け止め方が違うということですよね。血に飢えていて凶暴なのか、それとも臆病で自分を守ろうとしているのか。おそらく両方とも彼の本質なんです。本人が隠そうとしている核の部分を、それぞれ違った角度から才谷と千代にえぐられてしまう。それによって土方は自分自身の存在を、あらためて見つめ直すことになるんです。千代は土方を変えるキーパーソンとして、これからも登場することになるかもしれません。

─ 浮雲たち三人は手分けして調査を進めます。やがて紅屋での幽霊騒ぎと、付近で相次いでいる武士の変死事件、土方が廃寺で出くわした男たちが一本の線で繫がり、意外な真相が明らかになってきます。

 土方は八十八よりも賢いので、下手すると自分一人ですべて解決してしまう(笑)。そうならないように構成的な工夫を凝らす必要がありました。情報の出し方にしても、これまでは八十八が「どういうことですか? 」と何も知らない立場から尋ねて、それに答える形で提示するというスタイルだった。しかし今回はワトソン役にあたる人物がいません。優れた三人がチームを組んでいるので、謎解きのテンポがよりスピーディになったと思います。



幽霊や妖怪に託された、庶民の思い

─ 黒船来航によって、開国か攘夷かで世論が二分されつつある時代。事件の背後には、日本を正しい方向へ導こうとする急進的なグループの存在が見え隠れします。

 当時は激動の時代で、大きな目的を達成するために、名もなき庶民の命が次々と奪われていました。それは正しいことなんだろうか、というのが根底に流れるテーマです。「暁党(あかつきとう)」という急進的な武士たちのグループは、連載時は登場していなかったんですが、テーマをより際立たせるために書き加えました。彼らの存在を通して、三人それぞれが考えを深めていくことになります。
 暁党のようなグループの存在を、一概に非難することもできません。当時の人たちの立場になってみれば、日本が明日どうなるか分からない、何が正解かまったく分からない状況で、自分の信じる道を突き進むしかなかった。ちょうどコロナに見舞われている現代と同じで、どんな対応をするのがベストなのかは、時が経過してみないと分からないんです。人が幕末に魅力を感じるのは、いくつもの正義がぶつかり合った、答えのない時代だからじゃないでしょうか。

─ そんな殺伐とした時代にあって、浮雲だけは人の命を決して奪わない。そんな彼のポリシーは、何に由来しているのでしょうか。

 死者の霊が見えるということが大きいですよね。浮雲にとって、死は終わりではないんです。非業の死を遂げた人は幽霊になって、さらに害をなすかもしれません。事件を解決するには、迷える魂を救わなければいけないわけで、肉体的に生きているか死んでいるかは関係ないんです。こういう考え方は、「心霊探偵八雲」シリーズの斉藤八雲(さいとうやくも)とも共通しています。もし人に幽霊が見えたら、世界の捉え方が確実に変化すると思うんですよ。

─ そしてこのシリーズを語るうえで欠かせないのは、浮雲と深い因縁で結ばれた呪術師・狩野遊山(かのうゆうざん)。怪異を引き起こし、人の心を操る遊山は、火車にまつわる今回の事件でも暗躍しています。

 江戸幕府に与(くみ)する狩野遊山と、それと対立する側にいる陰陽師の蘆屋道雪(あしやどうせつ)、そしてどちらでもない道を進む浮雲、という三つ巴の構図が今後ははっきりしてくるはずです。浮雲の過去をどう明かしていくかが、セカンドシーズンのひとつの肝ですね。遊山との因縁については多少明かされましたが、今後さらに掘り下げることになると思います。時代も切迫してきますし、ここからがいよいよ本番という感じですね。うまく想定したところに到達してくれればいいんですが、こればかりは書いてみないと分からない(笑)。自分でも楽しみですね。

─ このシリーズでは、ぞっとするような怪異現象に、いつも人びとの切なる思いが反映されています。今回の『火車の残花』もそうですね。非業の死を遂げたある人物の悲しみや怨みが、火車の怪談と響き合っていて、胸を打ちます。

 幽霊や妖怪の出てくる話は、日本人の心と切っても切れない関係にあります。それも単に怖ろしいだけでなく、人の心を反映しているんですよ。古典芸能にも怪談がよくありますが、そこには当時の人びとの生活が刻まれています。大声で口にできない色々な思いを、日本人は幽霊や妖怪に託して語ってきたんじゃないでしょうか。調べれば調べるほど、怪談は面白いですね。ただこちら方面には京極夏彦先生はじめ、とてつもない知識をお持ちの方がおられるので(笑)、自分なりのやり方でミステリーと怪異を絡めていけたらいいなと思います。

─ 浮雲の旅はますます波瀾万丈のものになりそうですね。では、シリーズの今後について、明かせる範囲で教えていただけますか。

 浮雲はこのまま東海道を西に進み、京都を目指します。「小説すばる」二〇二一年四月号から新たな連載が始まっていますが、次は長編ではなく連作短編。箱根の関所を皮切りに、いくつかの土地が舞台になる予定です。担当編集者からは「次の巻で三河あたりまで行ってください」と言われてしまったので、少しでも旅を進めないと(笑)。第一シーズンに比べて自由度が高くなったので、これまでできなかった挑戦もしていきたい。たとえば地方に根ざした怪異も扱ってみたいですね。

神永 学
かみなが・まなぶ●作家。
1974年山梨県生まれ。日本映画学校卒。2003年『赤い隻眼』を自費出版。同作を大幅改稿した『心霊探偵八雲 赤い瞳は知っている』で04年プロデビュー。代表作「心霊探偵八雲」をはじめ、「天命探偵」「怪盗探偵山猫」「確率捜査官 御子柴岳人」「浮雲心霊奇譚」「殺生伝」「革命のリベリオン」「悪魔と呼ばれた男」などシリーズ作品を多数展開。他に『コンダクター』『イノセントブルー 記憶の旅人』『ガラスの城壁』がある。

https://kaminagamanabu.com/

聞き手・構成=朝宮運河 撮影=山口真由子

青春と読書
2021年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

集英社

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