『職業としてのシネマ』高野てるみ刊行記念エッセイ「映画はお好きですか?」

エッセイ

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職業としてのシネマ

『職業としてのシネマ』

著者
高野, てるみ, 1948-
出版社
集英社
ISBN
9784087211665
価格
946円(税込)

書籍情報:openBD

『職業としてのシネマ』高野てるみ刊行記念エッセイ「映画はお好きですか? 」

[レビュアー] 髙野てるみ(映画プロデューサー、シネマ・エッセイスト)

映画はお好きですか? 

「映画が好きです」、という方に今まで大勢お会いしてきた。映画が嫌いだという方には会ったことがないのだ。それは、私が映画の仕事をしているからで、ごあいさつ代わりなのかも知れないが。
映画館に出かけ、映画が始まったらもう、そこは非日常の空間。自分以外の人の人生を垣間見る。仕事、恋、成功、挫折、悪徳も、自在に楽しめる。また、お気に入りのスターの全身全霊の演技をも観終えた頃には、さっぱりとしたおももちで、長い自分の人生のほんの一時の記憶として心に刻んでおけば良い。
たかが映画、だが、されど映画。抱え込んでいた日常の悩みのヒントや、深刻な世界状況について深く考えるきっかけをもらえたりすることだってある。映画は観る者に影響を与えるし、洗脳もする。ユーチューブが登場するずっと以前からインフルエンサーといわれても良かった存在である。
だから、一度でもハマったら、病みつきになるのは当たり前。
この病みつき感というのは、やはり映画館のスクリーンで、大勢の観客に囲まれながらも邪魔が入らず、いっとき、一人になれるという環境にあって得られるもの。暗闇の中でなくては生まれない、エクスタシーであろう。
今の時代は、DVDはもちろん、配信でまとめて何本でも観ることが出来る。しかし、映画を愉しむということは、観た本数や、知識の多さを競うことでもない。
やはり、作られた映画作品が公開されるその時期、つまり「封切り」、ロードショーとも言うが、そのリアルタイムに、公開の映画館で観ることが出来たということ。そこに大きな意味と価値があると思うのだ。
それを誇りにして、特別な思いの「金メダル」を心に獲得していくのが、映画を観るということなのだ。だから新作映画を観ないと気が済まなくなっている人は、きっと沢山の金メダルを持っていることだろう。
私自身のスクリーンでの映画体験と言えば、大人が好むヨーロッパ映画に連れて行かれた、小学生時代から始まる。中学生の頃は一人で映画館に行くことは禁じられるも、唯一、母の弟が勤めるラジオ放送局主催の、映画の試写会に、たびたび足を運ぶことが出来た。そこで観たヒッチコック作品などは、中学生にはかなり刺激的なものであったから、とにかくクラスメイトに大きく差をつけた優越感は、金メダルに相当すると思える。
また、すでにこのあたりから、人より一足早くに話題の新作映画を観ないと気が済まないという人間になっていったようだ。
一方では、矛盾するようではあるが、若い方にいつも言うのは、こんなに映画がたくさんある中、いったいどの作品を観たらよいのかと迷う時は、まずは最近観た映画の監督の最初の監督作品を観たらいい、DVDでいくらでも観られる時代なのだから。そこから感じとれることが沢山あるはずだ、と。俳優をフォローしても良いし。もちろん、監督にせよ、俳優にせよ新作のフォローは言うまでもないことであるが。
映画は「定点観測」していってこそ、愉しみが深まるものだ。一つ一つの作品として存在するだけではないのが、映画というものである。ズルズル、ザザーッと映画は芋づる式に繫がっている。根を張り、枝葉をのばし、グングンと広がっているのが映画である。監督、俳優たちが複雑に交差しながら映画世界は広がっていく。
それを必ず見届ける役を買って出たならば、人生、退屈はしないだろう。
こうしている今も、パンデミックだろうが何だろうが、映画プロデューサーや監督は、映画を作り続けることを諦めたりはしない。彼らが世の中に存在する以上、映画は決してなくなることはないのだ。
しかしながら、観客に観てもらうことが出来る作品は、限られていることも事実である。ベルリン、カンヌ、ヴェネチアに代表される国際的な映画祭にノミネイトされるような作品であっても、国ごとに上映の権利を買い付けるバイヤーがいて、配給する人間がいて、公開する劇場が決定されなければ、映画は劇場で上映されることはない。劇場公開されない作品は沢山ある。だからこそ、映画祭での上映は見逃せないことにもなるのだが。
それだけに、配給する者の責任は大きい。ビジネスだけに徹することなく、なんらかの使命をおびた情熱につき動かされて働いてもいる。
この度刊行した『職業としてのシネマ』は、映画プロデューサーや監督、演じる俳優はもちろんだが、買い付け、配給、宣伝という、映画に関わる知られざる仕事のリアルな側面を、筆者自らの現場体験を活かし、職業的な立場の視点から映画への熱い想いを込めて、描いてみた一冊である。
ミニシアターやマスコミを良き「共犯者」として味方につけ、より良い映画作品を選んで世に出す、配給プロデューサーが筆者の仕事であるが、作った映画は観てもらわないと映画として完成しない。最後の頼れる「共犯者」こそ、映画を観て下さる皆さんなのである。
また一つ、心に新しい金メダルを増やしませんか? 

高野てるみ
たかの・てるみ●映画プロデューサー、シネマ・エッセイスト。
東京都生まれ。新聞記者、編集者・ライターを経て、雑誌・広告の企画制作会社『T.P.O.』を、次いで洋画の配給・製作会社『巴里映画』を設立、運営。著書に『仕事と人生がもっと輝く ココ・シャネルの言葉』等多数。

青春と読書
2021年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

集英社

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