『ウナギが故郷に帰るとき』
- 著者
- Svensson, Patrik, 1972- /大沢, 章子, 1960-
- 出版社
- 新潮社
- ISBN
- 9784105072414
- 価格
- 2,420円(税込)
書籍情報:openBD
やがてひとつの場所で調和する 人類とウナギ、著者と父親の物語
[レビュアー] 角幡唯介(探検家・ノンフィクション作家)
ヨーロッパウナギはサルガッソー海という海流にかこまれた巨大な渦のような海で繁殖するという。冒頭のサルガッソー海の記述は、羊水をたたえた母親の子宮の内部について書かれたかのようだが、それは偶然ではあるまい。ウナギの謎、神秘を扱ったこの本は同時に、ウナギも人間も、はたしてわれわれはどこからやってきて、どこに帰るのかという、すべての存在するものに共通する秘密をテーマにしているからだ。
すべての存在はサルガッソー海のようなところで生まれ、最後はそこに帰る。ウナギがそうだ。でも科学が発展した現代でも、人類は、ウナギのようになじみある魚についてさえ完全に知っているわけではない。ウナギの不思議さは古代ギリシアの時代から人々を引きつけてきたが、今もその魅力は失われていない。
ウナギは何歳まで生きるのか。推定百五十年生きた例もある。川や湖でどうやって生活拠点を決めるのか。彼らは自由に居場所を見つけているかのようだ。陸上でも生きられるというのは本当か。死んだと思ったら生き返ったかのように息を吹き返すことがある。そして本当にサルガッソー海で繁殖しているのか。じつはそれもわからない。なにしろこの海でウナギの成魚が見つかったためしはないのだ。一例も。
こんな魅力的な話が、父親とウナギ釣りに熱中した著者の子供の頃の思い出と交錯しながら、うっとりするような文章で語られる。その神秘に魅せられた人類とウナギの歴史、著者と父親の記憶が、同一歩調をきざみながら物語は進展し、やがてひとつの場所で調和する。
死が訪れるとき、人はどこに帰ればいいのか。人類はウナギがどこに帰るのか本当はまだ知らない。ウナギはそれを知っているが、その秘密を頑なにわれわれに明かそうとしない。まるで、それだけは一人一人が見つけなければならない、と言っているかのように。