図説 人魚の文化史 ヴォーン・スクリブナー著

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[図説]人魚の文化史

『[図説]人魚の文化史』

著者
ヴォーン・スクリブナー [著]/川副 智子 [訳]/肱岡 千泰 [訳]
出版社
原書房
ジャンル
歴史・地理/外国歴史
ISBN
9784562059010
発売日
2021/02/20
価格
3,520円(税込)

書籍情報:openBD

図説 人魚の文化史 ヴォーン・スクリブナー著

[レビュアー] 栩木伸明(アイルランド文学者・早稲田大教授)

 本書は人魚をめぐる、どちらかといえばうさんくさい話の数々を、ヨーロッパ文化史の中に位置づけた労作。豊富なカラー図版とともに楽しめる。

 中世のキリスト教会にはマーメイド(女の人魚)の美しい彫刻が数々残っている。異教的な海の怪物が「欲情をそそる危険で性的な存在」として描かれたのは、女性らしさを周縁に追いやろうとした男性聖職者の意図だったという。

 皮肉なことに、教会へ通う民衆は人魚の実在を信じはじめた。ヨーロッパ人が遠隔地へ探検を企てた時代には、人魚は「最果ての」地に生息するはずだという期待が高まり、目撃譚(たん)が増えた。西ヨーロッパ各国と南北アメリカ、アフリカ、アジアとの貿易が盛んになるにつれて、人魚の発見はグローバル化したのだ。

 18世紀には「英国本土および入植地アメリカ」で多くの目撃譚が新聞に載り、博物学者が人類の起源と人魚を結びつけるようになった。そして次の世紀には、人魚をめぐる熱狂が最高潮に達した。

 1822年、イーデスなる人物がマーメイドの標本をロンドンで一般公開した。干からびたこの人魚は日本人漁師が捕らえたという触れ込みだったが、解剖の結果偽物だと判明した。本物を見たいと願う人々の期待が凝結した出来事だったらしい。42年には、イーデスの標本を購入した興行師バーナムがニューヨークで一般公開した。彼はもはや標本の真正性を信じておらず、大衆に娯楽を与え、新聞社には利益をもたらした。

 19世紀後半の新聞はバーナム以後に続々と出現した偽造標本をこきおろした。だがそれらの記事は、人々の心の中に人魚を生かし続ける結果を呼んだ。後半の章では、「危険で性的な存在」としてのマーメイドのイメージを資本主義的に転用した20世紀の広告が分析される。目から鱗(うろこ)が何枚も落ちた。

 読了してはたと気づいた。マーメイドの伝統的な図像は片手に鏡を持つ姿で表現されるが、そこに映っているのは彼女自身ではなく、ぼくたちの姿だったのだ! 川副智子、肱岡千泰訳。

 ◇Vaughn Scribner=米セントラル・アーカンソー大の歴史学の准教授。米国初期の歴史が専門。

読売新聞
2021年5月16日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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