いろんな犬のいろんな状態その合間に小説がある

レビュー

7
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犬たちの状態

『犬たちの状態』

出版社
フィルムアート社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784845920327
発売日
2021/04/24
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

いろんな犬のいろんな状態その合間に小説がある

[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)

 気持ちがウツウツとしたりクサクサする時は、ネットで動物の動画や写真を見る。今年に入ってそういう時間が増えた。見ているうちに、新型ウィルス禍によって人類が一掃されたほうが、地球や生き物にとって良いのではないかという思考に流れた時、わたしは動画や写真を犬に絞る。「人類最古の友」と言われている犬だけは、わたしたち人間を最後まで必要としてくれるのではないか。そんな淡い期待を抱いて。

 小説家の太田靖久が写真家の金川晋吾とコラボした『犬たちの状態』も、まずは表紙になっている犬の顔の写真に惹かれて開いた本だ。すると、いるわいるわ。いろんな犬種、いろんな状態、いろんな表情の犬がわんさかと。なかには、可愛くない写真もある。肛門丸出しのお尻の写真もある。その合間に小説がある。

 小学生になってもベビーカーに乗っていた〈俺〉を奇異な目で見なかった犬たちのこと。映写室からアニエス・ヴェルダ監督『カンフー・マスター!』を映している時に発見した、トイ・プードルのような若い女性のこと。ジャック・ラッセル・テリアという犬種名にちなんで、ジャックと名づけたコンパクトカメラのこと。〈成犬になってもその手の遊びが好きな犬もいれば飽きてしまう犬もいる〉という意味深長な言葉を口にして離婚を切り出してきた妻のこと。犬を誘拐するも、ちゃんと元の場所に返すという行為を繰り返している映画館のアルバイト・友部くんのこと。妻がいない家に連れ帰ってしまった他人の飼い犬の足を、妻専用のシャンプーで洗ったこと。

 ここには、映写技師の〈俺〉が、映画に登場する犬や街中で出会った犬のことを思う過程で、新しいものの見方を獲得していく静かな物語が、在る。その物語の傍らに犬の写真が、在る。おそらくは人類滅亡のその日までひとに寄り添ってくれるであろう、犬がいる。そんな犬たちの状態に見入る、わたしたちがいる。

新潮社 週刊新潮
2021年6月3日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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