失われるものも多いけれど寂しさだけではない“老い”

レビュー

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にぎやかな落日

『にぎやかな落日』

著者
朝倉かすみ [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334913984
発売日
2021/04/22
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

失われるものも多いけれど寂しさだけではない“老い”

[レビュアー] 石井千湖(書評家)

『にぎやかな落日』は、朝倉かすみが母の心の中を知りたくて書いたという連作小説だ。

 主人公の「おもちさん」こと島谷もち子は八十三歳。北海道に住んでいる。夫は施設に入って独り暮らしだが、息子のお嫁さんがしょっちゅう顔を見に来てくれるし、東京にいる娘も一日に二度お電話をくれる。一冊の大学ノートを手に取ることがおもちさんの日課だ。表紙には「たんす、おべんと、クリスマス」と書いてある。自分で書いたのに、どんな意味があるのか覚えていない。ただじっと見ていると〈なぜか心がフワリと軽くなる。同時に猛烈に怖くなる〉。おもちさんの日常に訪れる変化とノートの謎を描く。

「たんす、おべんと、クリスマス」という三つの単語から、落語の三題噺を連想する。各章の内容も「テレビ、プリン、オートバイ」など三つの言葉で表されている。三題噺とはバラバラの言葉をつないでひとつの話をつくるものだが、三つの言葉の意味に距離があるほど面白い。しかし、この物語はむしろ、つながっていたものがバラバラになるところに引き込まれてしまう。

 つながっていたものとは、おもちさんというひとりの人間を構成する要素だ。おもちさんをおもちさんたらしめていた時間、記憶、人間関係の連続性が、物忘れの増加、持病の悪化によって、どんどん失われていく。周囲はおもちさんを赤ん坊のように扱う。自分に何が起こっているのかわからないのは恐ろしい。感情を爆発させるのも無理はない。

 憤慨しながらも「今」を楽しむおもちさんはチャーミングだ。オートバイにまつわる思い出は〈つづき〉が欠落しているからこそ美しい。情のある親子も別個の人間だということを明らかにする娘のセリフには救われる。老いていろんなものが失われるのは寂しいけれど、こんなふうに時間や記憶、しがらみがほどけるのは悪くないと思う。

新潮社 週刊新潮
2021年6月3日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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