「躁鬱人」にあった暮らし方を具体的に提案していく

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「躁鬱人」にあった暮らし方を具体的に提案していく

[レビュアー] 大竹昭子(作家)

 驚いた。自分に向かって言われているように感じた。躁鬱病ではないけれど、時折、虚無感に襲われる。決まって忙しさから解放された空白のときに起きるが、著者によれば躁鬱人の特徴は「空っぽ」なことで、その状態を見つめる時間を作らず、心身が楽しいと感じられる日課を作ることだという。深く納得である。

 躁鬱病の人のことを、自らもそう診断された著者は「躁鬱人」と呼ぶ。「病」ではなく体質だからで、治そうとするよりも、その「人」に合った暮らし方をするほうがいい。そのための具体的な方法を提案する。

 飲み会などで自分が話の中心になれなければ、さっさと立ち去る、というのもその一つだ。自己中でも構わない。躁鬱人に必要なのは心身を軽くすることで、楽しく、愉快なことは心身の栄養になるが、我慢して耐えると毒になる。

 努力も勧めない。一度始めたら、やり通さなければならないという思考回路も捨てろ、と言う。一つのことを極めるのではなく、興味あることを浅く広く、を推奨する。

 著者は小説、絵画、音楽とジャンルに拘らずに表現活動し、自分の携帯番号を公開して「いのっちの電話」の相談員もするなど、文字通り「浅く、広く」を実践してきた。自分に合った暮らし方により躁鬱状態を抑えてきたから、説得力がある。

 思うに、躁鬱人が「空っぽ」なのは、他者のエネルギーを摂取する性能が良いからだろう。空っぽの器を満たして上手に循環させ、周りを元気にし、症状を治める。大事なのは、自分が喜んでいるかを目安にチャージし、溜まったものが漏れ出ないようにすることだ。

 精神科医の神田橋條治さんが躁鬱病について述べた独自の知見に励まされて、本書は書かれた。世の中には私のような潜在的「躁鬱人」は多いはずだし、エネルギーをいかに循環させるか、という、だれにとっても大切なことを教えてくれる。

新潮社 週刊新潮
2021年6月3日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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