多様性を守るため獲得した「死ぬ能力」

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生物はなぜ死ぬのか

『生物はなぜ死ぬのか』

著者
小林, 武彦, 1963-
出版社
講談社
ISBN
9784065232170
価格
990円(税込)

書籍情報:openBD

多様性を守るため獲得した「死ぬ能力」

[レビュアー] 佐藤健太郎(サイエンスライター)

 歴史上、どんな聖人であろうと富豪であろうと、死という宿命を逃れた者はいない。死とは何であるのか、なぜ我々は死なねばならないのか。古来あらゆる宗教家、哲学者がこの問いに向き合ってきた。

 小林武彦『生物はなぜ死ぬのか』は、この究極の問題に対する、生物学者からの明快な回答だ。著者が死とは何かを語るに当たって、選んだスタート地点は今から三八億年前。生命はRNAの断片から始まり、やがて細胞が生まれ、複雑な多細胞生物へと進化していく。だが、細菌などの単細胞生物には、寿命が存在しないものがいる。他の生物に食べられるような死に方はあっても、老いて力尽きて死ぬようなことはないのだという。つまり我々は、複雑な生物へと進化する過程で、積極的に「死ぬ能力」を獲得したのだ。

 そうまでして生物が守ろうとしたのは、生命の多様性だ。死は辛く悲しいものだが、より豊かな可能性を持った次の世代に、我々は生きるための資源を譲らねばならない。なぜかくも多様性が大事かは、本書をお読みいただくとしよう。

 だがこのサイクルはいつまで続くだろうか。不老薬の研究が進み、不死のAIが進歩を遂げる中、ヒトのあり方も変わっていかねばならない。そのヒントも、本書終盤で提供されている。

 深遠なテーマだが平易に書かれており、高校程度の知識があれば十分読める。生命を、今後の社会を考える上で、重要な基礎を提供してくれる一冊だ。

新潮社 週刊新潮
2021年6月3日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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