泳ぐ者 青山文平著 新潮社

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泳ぐ者

『泳ぐ者』

著者
青山 文平 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103342342
発売日
2021/03/17
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

泳ぐ者 青山文平著 新潮社

[レビュアー] 宮部みゆき(作家)

 江戸を舞台にして時代ミステリーを書くとき、大きなポイントになるのが探偵役の設定だ。町奉行所の与力や同心、その下で働く岡っ引き、世話焼きの町役人。ちょっとひねって土地の侠客(きょうかく)や渡世(とせい)人、凄腕(すごうで)の浪人。多彩に描かれてきて、出尽くした感もある。しかし江戸時代を、「武士」=「武力を持った官僚」という特権階級が存在し、その経済原理は独特で閉鎖的で、その構成する武家社会は内部のさらなる階級制度でがちがちに縛られている――という視点から見つめ直せば、新鮮な探偵役はまだまだ探し出せる。但(ただ)し、ハードルは高い。

 その高いハードルを鮮やかに超えてみせたのが、二〇一六年五月刊行の青山さんの長編時代ミステリー『半席』だった。本書は待望のその続編だ。主人公の片岡直人は徒目付(かちめつけ)。これは「あらゆる幕臣の非違を糺(ただ)す御目付の耳目となって動く」御家人のことである。現代日本の警察組織の刑事よりも、印象としては州をまたいで活動するアメリカの連邦捜査局の特別捜査官に近い(幕藩制度と連邦州制度には似ているところがある)。強い権限を持っているし、諸大名からいろいろ「御用頼み」をされるので多忙で、立ち回り方によっては余禄(よろく)も大きい。『半席』の直人は、一代御目見(おめみえ)の半席から脱け出すことを望んでこの役職に就いたのだが、事件の闇をくぐり抜けたことで意識が変わり、本作では徒目付として、しかし余禄は追わず、事件の「なぜ」を追及して生きてゆくと腹を据えている。そんな直人にとっても過酷で不可解な新事件が二つ。「離縁して三年半も経(た)つ女がなぜ前夫を刺したのか」「毎日決まった時刻に、不器用に大川を泳ぐ男がいる。何のためか?」。その謎の解の先にはさらに濃い闇があって――。

 冒頭、上役と飲みながら語っているシーンは公安警察小説風だし、時代小説の興趣に本格捜査ミステリーの歯ごたえが加味されて、何度でも噛(か)みしめたくなるほど美味(おい)しい逸品だ。

読売新聞
2021年5月23日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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