文明の庫1・2 芳賀徹著 中央公論新社

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文明の庫  Ⅰ 静止から運動へ

『文明の庫  Ⅰ 静止から運動へ』

著者
芳賀 徹 [著]
出版社
中央公論新社
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784120053900
発売日
2021/02/09
価格
3,850円(税込)

書籍情報:openBD

文明の庫 Ⅱ 夷狄の国へ

『文明の庫 Ⅱ 夷狄の国へ』

著者
芳賀 徹 [著]
出版社
中央公論新社
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784120053917
発売日
2021/02/09
価格
3,960円(税込)

書籍情報:openBD

文明の庫1・2 芳賀徹著 中央公論新社

[レビュアー] 苅部直(政治学者・東京大教授)

 「文明の庫(くら)」。印象ぶかい題名であるが、本書でこの言葉が登場するのは一回のみ。しかもオリジナルな表現ではなく、幸田露伴が一八九八年に刊行した少年小説の表題を引用した箇所。だがその命名は、この本の意義を伝えるのには実にふさわしい。

 徳川時代、十八世紀の日本にたしかに存在した「文明」。明治初年に西洋の「文明」に真剣に学ぼうとした日本人の営み。そのありさまを克明に描いた論考の集成なのである。

 著者、芳賀徹は昨年逝去した比較文学比較文化の大家である。本書は没後の刊行になったが、三十年ほどの間、企画を温めていたという。初出の文章に手を加えたらしい箇所が散見されるから、「文明の庫」という題名も著者の選定によるものだろう。

 登場するのは、平賀源内、渡辺崋山、福沢諭吉、久米邦武など、芳賀の『大君の使節』『文明としての徳川日本』といった名著でおなじみの人物たちである。だが、彼らの抱いた海の彼方(かなた)への憧れ。自然の多様な産物をめでる「遊び」の精神。人間のささやかな生活への哀惜。そうした心の躍動が、それぞれ個別の論考として集中して描かれるので、より生き生きと伝わってくる。

 貧苦にあえぐ窮民の存在といった現実もあったにせよ、穏やかな生活を楽しみ、文化を高度に洗練させていた「文明国」――十八世紀に日本を訪れたスウェーデン人医師の言葉である――としての徳川時代の日本。政治と文化の双方を大胆に変革した「明治革命」が人類史上にもつ積極的な意義。芳賀のこうした見解は戦後の人文学において少数派だったが、近年にはしだいに支持されるようになってきた。研究史におけるその転換の跡を示す学問著作としても貴重である。

 二巻にわたる大部の書物であるが、語り口は軽快で、十八・十九世紀に生きた人々の精神の運動を、豊かに追体験させてくれる。知性と感性の結晶を集めた一品という意味でも、この本は立派な「文明の庫」にほかならない。

読売新聞
2021年5月23日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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