忘れようにも忘れられない強烈無比なインパクトを備えた一冊――『虚像のアラベスク』深水黎一郎著【文庫巻末解説】

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虚像のアラベスク

『虚像のアラベスク』

著者
深水 黎一郎 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041114360
発売日
2021/05/21
価格
880円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

忘れようにも忘れられない強烈無比なインパクトを備えた一冊――『虚像のアラベスク』深水黎一郎著【文庫巻末解説】

[レビュアー] 宇田川拓也(書店員/ときわ書房本店)

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

■忘れようにも忘れられない強烈無比なインパクトを備えた一冊――『虚像のアラベスク』【文庫巻末解説】

■解説
宇田川拓也(ときわ書房本店)

 ミステリの魅力に心惹かれるまま、日々国内外の作品を読み漁っていると、ひとつひとつの印象の残り方にはどうしても差が生まれてしまうものだ。しかも読了後しばらくは明瞭に憶えていても、月日が経つにつれて記憶の彼方へと押し流されていってしまうものも少なくない。
 けれど、深水黎一郎『虚像のアラベスク』は別格中の別格。一読忘れがたい──という表現では生ぬるい、ミステリ史を振り返っても比肩する作品がすぐには思い浮かばないほど、一度読んだら忘れようにも忘れられない強烈無比なインパクトを備えた一冊である。
 ふたつの中編とひとつの掌編からなる本作は、『エコール・ド・パリ殺人事件 レザルティスト・モウディ』や『トスカの接吻 オペラ・ミステリオーザ』といった著者の初期作品から活躍を見せている〝芸術探偵〟こと神泉寺瞬一郎と伯父の海埜警部補が登場し、舞台に懸けるひとびとの間で起こる事件と謎を解き明かしていく。
 第一話「ドンキホーテ・アラベスク」は、名門バレエ団に届いた脅迫状をめぐるスリリングな一編。《『ドン・キホーテ』の公演を全て中止にしろ。さもなければ、公演中に舞台上でとんでもないことが起こることだろう》──そんな創立記念公演の中止を要求する差出人不明の封書が届いた直後、なんと来日予定の欧州委員会委員長がよりによってこの公演を観劇することに。今回の演目には危険をともなうシーンも多く、頭を悩ませる警護担当の海埜警部補は、瞬一郎とともに万全の備えで当日に臨むが……。

虚像のアラベスク 著者 深水 黎一郎 定価: 880円(本体800円+...
虚像のアラベスク 著者 深水 黎一郎 定価: 880円(本体800円+…

 第二話「グラン・パ・ド・ドゥ」は、旅から旅を続ける〝踊り子〟のひとりである乙女チックな語り口が特徴の夕霧を視点人物に据えた物語。公演中のある日、夕霧の所属先である〝プロダクション〟の社長が大きな和簞笥の下敷きになって圧死した状態で発見される。折しも〝踊り子〟の装身具が盗まれる事件が起きたばかりで、捜査に当たることになった海埜警部補は盗難との関連を疑い、関係者への聞き込みを進めていく。すると……。
 本作に仕掛けられた最大のサプライズについては、多くを述べるよりもとにかく実際に味わっていただくのが一番だろう。この大胆不敵にもほどがある一撃を成功させるために惜しげもなく注がれた「そこまでやるか!」と仰け反るような趣向と技巧には、素直に白旗を上げるしかない。本作を読み進めていく過程で読者が抱くはずの先入観は、ことごとくこの驚きの効果を上げるために利用される。なにを伏線として、どのように駆使しているのか。この恐るべき周到さは検証すればするほど本格ミステリファンなら感嘆すること必至だが、ひとによっては検証どころではなく「何なんだこれは……」と、ただただ啞然としてしまうかもしれない。
 そして最後に用意された掌編「読まない方が良いかも知れないエピローグ 史上最低のホワイダニット」が、まさにタイトルに偽りなし、〝史上最低〟の名に恥じない真相で、このある意味極めて切実な動機は、心の広い読者の間で永く語り継がれることだろう。
 ところで、もし本作で初めて深水黎一郎作品に触れたという向きがいるなら、ここに描かれた強烈な驚き、度を超えた周到さ、恐れ知らずの稚気は、著者の才能のほんの一部であることをお伝えしておきたい。加えて、本作のあとに書かれた〈芸術探偵〉シリーズのひとつ『詩人の恋』(二〇二〇年)に手を伸ばすことを強くオススメする。作曲家シューマンの歌曲集《詩人の恋》に隠された謎に、百八十年の時を挟んだ現代の恋に悩む高校生や合唱サークルの日常を交えて迫る、じつに見事な「芸術」をテーマにしたミステリの傑作なのだ。
 あわせてお読みいただければ、著者が数々の輝かしい経歴を誇り、いかにミステリファンからの信頼厚い書き手であるか、より明確にご理解いただけることだろう。

■作品紹介

忘れようにも忘れられない強烈無比なインパクトを備えた一冊――『虚像のアラベ...
忘れようにも忘れられない強烈無比なインパクトを備えた一冊――『虚像のアラベ…

虚像のアラベスク
著者 深水 黎一郎
定価: 880円(本体800円+税)

やられた! 担当編集も悶絶!
名門バレエ団に届いた脅迫状。そこには、公演を中止しなければ舞台上でとんでもないことが起こると記されていた。
警備にあたる海埜警部補は、臨席する海外要人の身の安全のため、芸術関連の事件を数多く解決した甥“芸術探偵”神泉寺瞬一郎に協力を仰ぎ万全の体制を整える。
だが、公演当日、海埜が見守る舞台上で、信じられない光景が繰り広げられる! 何もかもが前代未聞。誰もが騙される、幻惑必至のどんでん返しミステリ。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322102000159/
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KADOKAWA カドブン
2021年06月01日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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