教授をリタイアして私立探偵に ハードボイルド華文ミステリー

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台北プライベートアイ

『台北プライベートアイ』

著者
紀 蔚然 [著]/舩山 むつみ [訳]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784163913674
発売日
2021/05/13
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

教授をリタイアして私立探偵に ハードボイルド華文ミステリー

[レビュアー] 香山二三郎(コラムニスト)

 陳浩基『13・67』といえば、中国語で書かれた華文ミステリーの人気を高めた警察小説の傑作だが、その訳者で台湾文学の先駆的翻訳家だった故・天野健太郎が次の華文ミステリーはこれだと太鼓判を押していたというのが本書である。原書の刊行は二〇一一年だが、舩山訳も絶妙で古さを微塵も感じさせない面白さ。

「おれ」こと呉誠は劇作家としても名高い大学の演劇学部教授。しかし五〇を前に妻に去られ、酒席でも醜態をさらしたのをきっかけに辞職して、台北市の南端、墓地や火葬場が隣接する“死の街”臥龍街へ引っ越し、私立探偵を開業する。

 呉は一九歳でパニック障害となり、突然の転身は人知れず闘ってきた病気を克服する意味もあった。とはいえ、最初の客・林夫人が現れたのは開業後一カ月がたってから。ある日を境にそれまで良かった夫と中三の一人娘の仲が突然険悪になってしまった。その真相を探ってほしいというのだ。呉は直ちに公務員の林氏の尾行を開始、当初は判を押したような生活を続けていると思われたが、やがて林氏の行動に異変が。

 大学教授をドロップアウトというと一九七〇年代のアメリカのネオ・ハードボイルド探偵を髣髴する向きもあろうが、呉の饒舌は悲壮感を感じさせない。キレると暴走する反面、哲学的な言説や台湾人批判を繰り出すインテリぶりも随所で発揮する。舞台となる台北も生き生きと描かれ、混沌とした都市小説の読み応え充分。臥龍街派出所の警察官・小胖やタクシー運転手の添来等、個性的な仲間も次々と登場。呉の新生活には家族の再生劇的な側面もある。

 私立探偵ハードボイルドものとしては一見正統的で、呉と林夫人との関係などいかにもレイモンド・チャンドラー調だが、実は読みどころは林家の一件が落着した後に起きる呉とシリアルキラーの対決劇。謎解き趣向も炸裂する後半は、本格ミステリーファンも目が離せない。

新潮社 週刊新潮
2021年6月10日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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