• 白墨人形
  • It 1
  • 向日葵の咲かない夏
  • シャドウ

書籍情報:openBD

怖いのにどこか懐かしい少年小説の傑作

[レビュアー] 若林踏(書評家)

 郷愁と恐怖が交錯する記憶の中へ。C・J・チューダー『白墨人形』(中谷友紀子訳)は少年時代の忌まわしき夏の思い出を巡る、強烈なサスペンスが漂う小説だ。

 一九八六年、米国の小さな町アンダーベリーに住む語り手の“ぼく”ことエディは、仲良し四人とともに夏を過ごしていた。移動遊園地である少女を襲った大事故。街にやってきた白墨のような顔の教師、ミスター・ハローラン。いきなり牧師を殴り倒した“ぼく”の父ジェフ。穏やかな日々に不吉な影が忍び寄るかのような事が続いた後、ついにエディと仲間たちはその後の人生に大きな影響を及ぼす出来事に遭う。

 一九八六年と二〇一六年、二つの時間軸を行きつ戻りつ、少年時代のエディと大人になったエディ、双方の視点から物語は綴られていく。あの夏の日から屈折した感情を抱いたまま成長したエディは、悔恨とともに振り返る。

 なぜ自分は間違ってしまったのか、どこで間違ってしまったのか。本書がホラーテイストの小説でありつつ謎解きの要素でも惹きつけるのは、人間誰しもが持つ過去への悔いが、そのまま謎を追うプロットに分かちがたく結びついているからだろう。

 恐怖と謎に満ちた少年時代の物語を描く作家と言えばスティーヴン・キング『IT』(1~4、小尾芙佐訳、文春文庫)や中編「スタンド・バイ・ミー」といった少年小説は後続の作家たちに多大な影響を与えているが、チューダーの『白墨人形』も間違いなくその一つだ。

 少年の目線から世界の謎を見つめる小説では、道尾秀介『向日葵の咲かない夏』(新潮文庫)と『シャドウ』(創元推理文庫)をお勧めしておく。回想小説の名手であるトマス・H・クックを敬愛する道尾は、自身も少年を語り手に据えた物語を描くと抜群に上手い。『向日葵~』は型破りな仕掛けが施されており、『シャドウ』は巧緻な謎解き小説として冴えている。ともに幼い子供が視点人物となっていることと、ミステリとしての大胆な試みが見事なまでにマッチした小説だ。

新潮社 週刊新潮
2021年6月10日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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