虫たちの日本中世史『梁塵秘抄』からの風景 植木朝子著 ミネルヴァ書房

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虫たちの日本中世史

『虫たちの日本中世史』

著者
植木 朝子 [著]
出版社
ミネルヴァ書房
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784623090587
発売日
2021/03/10
価格
3,300円(税込)

書籍情報:openBD

虫たちの日本中世史『梁塵秘抄』からの風景 植木朝子著 ミネルヴァ書房

[レビュアー] 佐藤信(古代史学者・東京大名誉教授)

 『梁塵秘抄』を中心とした中世文学を研究する著者が、虫と人の関係の歩みを多面的・客観的に解明する。『堤中納言物語』の「虫めづる姫君」のように収集・飼育まではしないが、冷静な論述の背景に著者の虫への熱い思いを感じる。

 今の都会では、蠅(はえ)・蚊・百足(むかで)などの虫は次第に縁遠くなってきた。昆虫を買う時代でもある。しかし、好悪・利害はあっても、虫はずっと人々の生活の身近に共生してきた随伴者であった。

 平安時代末の流行歌謡の今様(いまよう)を愛しその詞章を編んだ後白河院の『梁塵秘抄』には、蛍・機織虫(はたおりむし)(キリギリス)・蝶(てふ)・蟷螂(いぼうじり)(カマキリ)・蝸牛(かたつぶり)(カタツムリ)・稲子麿(いなごまろ)(ショウリョウバッタ)・蟋蟀(きりぎりす)(コオロギ)・蜻蛉(とうばう)(トンボ)など多様な虫が登場する。そして、虫たちの生態や人との親密なつながりがうかがえる。

 そこから出発して、本書は古代から近現代に至る虫と人の共生の文化史を多角的に読み解く。古代・中世の文学や歴史史料はもとより、近世・近代のテキスト、中国古典までを取り扱う。ジャンルも、芸能、信仰、絵画、民俗、童謡にわたり幅広く論じる。虫の、舞う、刺す、鳴く、跳ねる、飛ぶ、遊ぶ、巣をはる生態に及んで、意外な発見がある。

 機織虫は、鳴き声から念仏の衣を織ると今様に歌われ、極楽の東門に住むとされて、その門に面するという四天王寺西門で展開した院政期の念仏信仰とも共鳴した。

 虫の呼称も奥深い問題で、古語でキリギリスと訓(よ)みコオロギと俗称したものが、今のコオロギであるという。また、松虫と鈴虫の呼称が中世ごろに逆転したとする説は、しりぞける。

 肉食のトンボについては、糸に結んで棒の先につけた玩具、トンボ捕りの方法、勝虫として武具の意匠に多用されたこと、芸能のとんぼ返り技など、多岐にわたって興味深い話が語られている。

 小さな虫と人が親しく接してきた文化史が史料に基づき詳しく説かれており、失われつつある虫と人との共生環境を歴史的に理解するうえで興味が尽きない書といえる。

読売新聞
2021年5月30日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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