『一鬼夜行』シリーズの著者が描く、妖怪たちと先生が織りなす物語。――『梟の月』小松エメル著【文庫巻末解説】

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梟の月

『梟の月』

著者
小松 エメル [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041113332
発売日
2021/05/21
価格
726円(税込)

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※書籍情報の無断転載を禁じます

『一鬼夜行』シリーズの著者が描く、妖怪たちと先生が織りなす物語。――『梟の月』小松エメル著【文庫巻末解説】

[レビュアー] 細谷正充(文芸評論家)

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

■『一鬼夜行』シリーズの著者が描く、妖怪たちと先生が織りなす物語。――『梟の月』【文庫巻末解説】

■解説
細谷 正充  

 小松エメルの『梟の月』のアイコンを作るとしたら、きっと〝梟〟にするだろう。タイトルに使われていることもあるが、読めば納得してもらえるはずだ。それほど重要な役割が、本書に登場するアオバズク(日本人にもっとも馴染み深い梟)にはあるのだ。
 そもそも人は梟に、さまざまなイメージを託してきた。ローマ神話の女神ミネルヴァは、医学・知恵・工芸・詩など、多数のものを司っている。そのためなのだろう、ミネルヴァの従える梟──いわゆる〝ミネルヴァの梟〟は、知恵と技芸の象徴になっているのだ。またヨーロッパでは梟を、〝森の賢者〟〝森の哲学者〟というイメージで捉えている。たくさんの物語で、梟が知恵者として登場する理由は、ここにある。また日本では〝フクロウ〟という名称に、〝不苦労〟や〝福老〟という字を当て嵌め、縁起物として扱ったりもしている。
 しかし一方では、父母を食べて成長する鳥だと思われていたことから〝不孝鳥〟と呼ばれ嫌われていた。残忍で猛々しい人を意味する〝梟雄〟も、梟のマイナス・イメージから生まれた言葉だろう。まさに良いも悪いも見る人次第なのである。では本書の梟は、どのような存在なのか。
『梟の月』は、妖怪マガジン「怪」四十四号から四十九号にかけて連載。二〇一八年四月に単行本が刊行された。いかにも作者らしい作品であると同時に、従来の作品とは違った方向性を見せている。作者の経歴を俯瞰しながら、その意味を説明していこう。
 小松エメルは、一九八四年、東京に生まれる。國學院大學文学部史学科卒。母方にトルコ人の祖父を持ち、名前のエメルはトルコ語で〝強い、優しい、美しい〟などを意味する。二〇〇八年、第六回ジャイブ小説大賞を、明治初期の東京を舞台にした『一鬼夜行』で受賞。強面で人間嫌いの古道具屋・喜蔵と、彼の家の庭に天から落ちてきた小鬼の小春。成り行きで同居することになったふたりが、妖怪絡みの事件や騒動を解決する妖怪時代小説だ。二〇一〇年にポプラ文庫ピュアフルの一冊として刊行されると、すぐさま人気を集めシリーズ化される。当時は妖怪時代小説が花盛りだったが、このシリーズの登場によって、さらなる勢いを獲得したといっていい。
 以後、京の蘭学塾の塾生たちが、奇怪な事件を追う「蘭学塾幻幽堂青春記」シリーズや、父と弟を助けるために九百九十九の妖怪を捕まえようとする娘の苦難を描いた「うわん」シリーズなどを発表。妖怪時代小説家の地位を確かなものにした。また作者は新選組の熱心なファンであり、無名隊士を主人公にした短篇集『夢の燈影』(現『夢の燈影 新選組無名録』)、沖田総司や土方歳三を描いた長篇『総司の夢』『歳三の剣』を上梓している。ただ、やはり小松エメルというと妖怪時代小説のイメージが強い。
 そして本書『梟の月』にも、妖怪が大量に登場する。小袖の手・暮露暮露団・目目連・瀬戸大将・川赤子・枕返し……。メジャーからマイナーまで、妖怪尽くしなのだ。手元にイラスト付きの妖怪事典のたぐいを置いて、それと照らし合わせながら読めば、面白味が増すだろう。ところが本書は、時代小説ではない。妖怪の世になぜかやって来た人間を主人公にした妖怪ファンタジーなのである。

梟の月 著者 小松 エメル 定価: 726円(本体660円+税)
梟の月 著者 小松 エメル 定価: 726円(本体660円+税)

 物語は主役である〝私〟の語りによって進行する。なぜか妖怪の世にやって来た彼は、狭くて黴臭い屋敷で暮らしている。手習いの先生のようなことをして、妖怪たちから野菜や米などを貰って食いつないでいた。人間の世にいた頃の記憶は失っており、時折、断片的に浮かぶのみ。東京という言葉や、戦争に負けたことが出てくるので、おそらく戦後の日本で暮らしていたようだが、場所も時代もはっきりとは分からない。なぜ、妖怪の世に来たのかも分からない。朋と名づけたアオバズクと、いつも一緒にいるが、これまたどこで出会ったかも分からない。さりとて、そんな境遇に怒りを爆発させることもなく、ぼんやりと日々を過ごしている。
 ところが、出かけてはいけないと妖怪たちにいわれた祭りの日、朧車に乗った無心さまという妖怪に導かれ、塔の上から、二つ月に手を伸ばす。二つ月に触れれば、人間の世に戻れるというからだ。だが私は失敗し、湖へと落ちていく。
 というのが第一章「湖底の都」の粗筋だ。続く「仮の宿り」では、ストーリーの時間が巻き戻ったのか、湖から助けられた私が、狭くて黴臭い屋敷で暮らすことになる経緯が綴られる。このあたりは、江戸期の有名な妖怪物語『稲生物怪録』を意識しているのだろう。稲生武太夫という武士が十六歳のとき、肝試しを切っかけに、一ヶ月にわたり〝物怪〟に悩まされるというストーリーだ。次々と私が妖怪に脅されるシーンは、『稲生物怪録』を彷彿させるところがあり、妖怪マニアなら喜んでしまうはずだ。ついでに付け加えると、本書には作者の妖怪時代小説と、リンクしていることを匂わせる箇所が幾つかある。小松作品の愛読者も喜ばせてくれるのだ。
 話を内容に戻そう。私が妖怪と騒動を繰り広げる話は、どこかあやふやなところがある。第二章の冒頭を読んでいて感じる軽い混乱も、それに拍車をかける。いったい物語がどこに向かっているのだろうと思いながらページを捲るうちに、いろいろと判明してくる。同時に、主人公に対する興味も深まる。繊細な性格の私は、常に内省的で自罰的だ。

「私は幼い頃から、父からの抑圧と母からの一方的な好意を、疎ましく思っていた。長じるにつれ、家族以外の者にもそう思うようになった。好意であれ悪意であれ、自身に向けられる一定以上の感情が煩わしくて堪らなかった。
 私はどこかおかしいらしい。周囲との違いに気づいた時、私はすでに大人だった。だからもう無理だ。そう言い訳をして、正そうとしなかった」

 といった文章から、問題があったらしい家庭で育ち、人格を形成した様子が見てとれる。さらに、私を〝先生〟と呼んで慕う人物がいたようだが、何事かの問題を起こしたらしい。いったい人間の世で、私に何があったのか。どうにも面倒くさい性格だと思いつつ、現代人と通じ合う弱さを持った人間として、次第に私の存在感が増していくのだ。
 そんな私を、各エピソードが彩る。木霊と木霊人の父子の騒動に巻き込まれる第三章「腹北山」、妖怪の祭りに私が紛れ込む第四章「あやし夜」、人間を愛した妖怪が出現する第五章「夢の通い路」と続いていくのだ。能動的でないため、主人公として動かしづらい私を、巧みに妖怪と絡めて、起伏のあるストーリーを創り出す作者の腕前は、さすがとしかいいようがない。
 そして最終章となる第六章「梟の月」で、私の事情を始めとする、幾つかの事実が明らかになる。しかし一方では、読者の解釈に委ねられている部分も多い。ゆえに、いつまでも物語から離れられない。あれこれ考えさせられるのも、本書の魅力といっていい。
 さて、ここから肝心の梟に触れることにしよう。感情が薄いがゆえか、妖怪と結構うまく付き合っている私。しかし人間と妖怪は、まったく違った存在であり、根本的なところで分かり合えない。そんな主人公が〝私の唯一の友だ〟というのが、アオバズクの朋である。気がつけば、なぜか常に私の側にいる。ホーホー鳴くことから〝朋〟と名づけた。朋には、同門の仲間や同類の集まりといった意味があり、そこから決めたのであろう。
 しかし、それだけではない。朋という漢字を見てほしい。二つの月で出来ているではないか。私が妖怪の世から人間の世に戻るには、二つ月に触れる必要があるという。ならば朋は、二つの月の象徴なのか、あるいは暗喩なのか。どちらにしろ重要な役割があることが予感される。
 そしてラストで朋の正体が明らかになる。なるほど、そうだったのか。朋こそが、主人公を導く存在だったのか。いままでのストーリーに織り込まれた、作者の企みは、見事な成功を収めた。最初から最後まで、読みごたえのある作品なのだ。
 妖怪という自家薬籠中の題材を使いながら、作者は新たなファンタジー・ストーリーを創り上げてくれた。滞る水は腐り、停滞した作家は飽きられる。本書で示された、作者の挑戦的な姿勢は正しい。なお作者は本書以後も、大正の銀座を舞台にして、「不思議」をランプに集めて回る探偵社の面々を描いた「銀座ともしび探偵社」シリーズを開始。さらに自分の世界を広げた。小松エメルが妖怪を使って、あるいは使わずに、どこまで行くのか。解説のために本書を再読して、あらためてこれからの創作活動が楽しみになったのである。

■作品紹介

『一鬼夜行』シリーズの著者が描く、妖怪たちと先生が織りなす物語。――『梟の...
『一鬼夜行』シリーズの著者が描く、妖怪たちと先生が織りなす物語。――『梟の…

梟の月
著者 小松 エメル
定価: 726円(本体660円+税)

『一鬼夜行』シリーズの著者が描く、妖怪たちと先生が織りなす物語。
過去の記憶を喪い、妖怪たちの住む世界で目覚めた私は、いつしか彼らと暮らすことになった。妖怪たちに乞われ、物を教える「先生」となり、個性豊かな彼らとの生活を楽しむようになる。だが、どうして私はこの世界に来なくてはならなかったのだろうか。いつも私の傍から離れないアオバズクは、何か知っているのか。ある日、烏帽子を被った一つ目の妖怪が私の前に現れ、二つの月に触れれば、元の世界に戻れるというが……。
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KADOKAWA カドブン
2021年06月08日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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