『さなとりょう』に続く最新作登場! 今の時代だからこそ、谷治宇さんが描く大塩平八郎

エッセイ

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へんこつ

『へんこつ』

著者
谷 治宇 [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758413794
発売日
2021/05/14
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

小特集 谷治宇

[レビュアー] 谷治宇(作家)

大塩平八郎に抱いた親近感

関西の一隅にある県を生国とする僕は、小さい頃、よく「へんこ」という言葉を聞いた。ちなみにこの場合のアクセントは「ん」の位置にある。

たいていは「融通の利かない者」とか「頑固者」といった意味合いで、たまに世間の基準に合わせることのできない、ちょっと変な人を表わすときに使うこともあった。恐らく標準語でいう「偏屈」と同義だろう。

いずれにせよあまりいい意味では使われず、「あれはへんこな奴やから」といった具合にほぼ陰口専用の言葉でもあったが、僕なぞは正面切って教師に言われた記憶もある。

だが思うに、融通が利かないとは周りの空気に流されないことを示し、頑固とは己の原理原則に忠実な意思の力とも解釈できる。となると必然、物語の主人公となりうるのは、たいてい「へんこ」な人物ではあるまいか。

大塩平八郎という男の面白さは、そのへんこさにあると、僕は思っている。

彼の名を知ったのは多くの人と同様、歴史の教科書で触れられた、彼が起こした騒動についての数行程度の記述だ。当時の僕は飢饉続きで庶民が飢える中、米の高騰を狙って備蓄米を蔵にため込む商家に、さっさと米蔵開けて庶民に米を配れといって、いきなり大砲ぶっ放した男という程度の理解だった。

なにしろ彼は元与力。たとえるなら機動隊の隊長か何かやってた人が、ホームレスの居場所を奪うなといって、都庁に突入するようなものだ。江戸時代にこんな痛快な人がいたかと、その頃から僕は大塩のファンになった。

大学生となって、たまたま古本街で大塩について書かれた本を手に入れ、そこで教科書の記述より興味深い事実も幾つか知ると、当初、彼に抱いていた正義一直線の直情径行なイメージからもう少し複雑な、鬱屈を抱えた人物像を思い浮かべるようになった。つまり「へんこ」な男である。そうなると僕にとっての大塩は単なる英雄的存在から、どうもありていに思い悩みもする、親近感の湧く相手になってきた。

それから僕の、彼に対する妄想が始まる。

「へんこ」は孤独だ。世の中と自分の価値基準がずれ、自分の言動をそのまま理解してくれる人も少ない。だから友達も少ないだろうし、仮にいても人の忠告なんか聞かないから、たぶん仲違いすることになる。

こんな人が近くにいたら、たいてい迷惑な人の部類に入る。ただ大塩は、少なくとも庶民の側からは、あまり嫌われた形跡はない。普通、町なかであんな騒動を起こし、家屋敷を焼かれた被害者も出たのだから、大悪人扱いされても不思議ではないのだが。

これは彼の乱が、窮民救済を目的とした義挙と受け取られたためもあるだろう。さらに与力時代の大塩は汚職の摘発や治安維持に手腕を発揮して、庶民の快哉を受けた。鬱屈を抱えていたのは庶民も同じだった。そう考えると現代に生きる我々も、この時代にぐっと親近感を覚えるはずだ。

世の中に閉塞感が満ちてくると、人々はそれを打ち破る偶像を求めたがる。結果的に大塩は、そういう存在に祭り上げられたのだと思うが、果たして彼自身はそんなことを望んでいただろうか。

たまたま妄想を形にする商売についた僕は、いつか彼のことを話にしたいと思っていた。ただ「へんこ」じゃ、あんまりしまりがないなあ、などと思っていたら何年か前、大阪ではほぼ同等の意味で「へんこつ」という言い方もあると知り、これだと思った。これはタイトルとして読み味がいい。

へんこつの人、大塩平八郎がこれから何と戦い、何を目指していくのか。僕自身もさらに膨らむ妄想の中で楽しんでいる。

 ***

【著者紹介】

谷 治宇(たに・はるたか)

1956年滋賀県生まれ。日本大学法学部卒業後、数年の編集者生活を経て漫画原作者へ転身。初めて執筆した時代小説『さなとりょう』が話題となり、各紙誌において絶賛される。本作はデビュー2冊目にあたる。

谷治宇

角川春樹事務所 ランティエ
2021年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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