「将軍」によって監禁されたイスラエル諜報員の運命

レビュー

7
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地中のディナー

『地中のディナー』

著者
ネイサン・イングランダー [著]/小竹 由美子 [訳]
出版社
東京創元社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784488016784
発売日
2021/04/28
価格
2,420円(税込)

書籍情報:openBD

「将軍」によって監禁されたイスラエル諜報員の運命

[レビュアー] 大竹昭子(作家)

 ここしばらくニュースになっていなかったパレスチナ問題が再燃した。それを予見したわけではないだろうが、イスラエルとパレスチナの確執をテーマにした小説が出た。

 著者の生い立ちは特殊だ。ニューヨークのユダヤ教正統派コミュニティーのなかで敬虔なユダヤ教徒として育ったが、大学のときにイスラエルを訪問し、大きなカルチャーショックを受けて信仰を捨てる。ユダヤ系作家は多いが、これほど濃い体験の持ち主は稀であり、先に邦訳された『アンネ・フランクについて語るときに僕たちの語ること』(新潮クレスト・ブックス)にもそうした出自が投影していた。

 本作もまた棄教してユダヤ教徒の世界を外側から見つめてきた著者自身の体験が活かされている。舞台はあちこちに飛ぶ。ガザ国境、ネゲブ砂漠、エルサレム、パリ、ベルリン、カプリ島……。短い物語を重ねつつ、様々な人間の体験や価値観、理念や感情を回遊していく。

 とはいえ群像劇とはちがい、特殊な状況下に置かれた囚人Zが中心にいる。アメリカから渡り、イスラエルの諜報員になった彼は、いまイスラエルの「将軍」により砂漠の独房に監禁されている。彼の運命を知る者はいない。この世に存在しない人になったのだ。Zは「将軍」の手に渡っていると信じて手紙を書き続けているが、当の「将軍」は長らく意識不明の状態にある……。

 監禁のシーンは閉塞的で重苦しいが、Zがパリに身を潜めていたときに出会った女性と計画した逃避行の顛末は、躍動感に溢れている。また「将軍」を寝ずに介護する看守の母親ルシの存在感も頼もしい。地球上のとあるエリアにくすぶり続ける火種と無縁ではない人生を、だれもが背負っているのだ。

 思索とユーモアが織り込まれた寓話的な文章。タイトルの『地中のディナー』が何を示しているかわかるのは最後の最後だ。

新潮社 週刊新潮
2021年6月17日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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