病床にあった正岡子規との切ないやりとり

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漱石書簡集

『漱石書簡集』

著者
夏目 漱石 [著]/三好 行雄 [編集]
出版社
岩波書店
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784003190036
発売日
1990/04/16
価格
836円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

病床にあった正岡子規との切ないやりとり

[レビュアー] 梯久美子(ノンフィクション作家)

 書評子4人がテーマに沿った名著を紹介

 今回のテーマは「鬱」です

 ***

〈僕ハモーダメニナッテシマッタ。毎日訳モナク号泣シテイルヨウナ次第ダ〉

 明治34年11月6日、正岡子規がロンドンの夏目漱石に書いた手紙の冒頭である。脊椎カリエスを患っていた子規は、このころ遠くない死を覚悟していた。

 漱石は12月18日に返事を書き送った。漱石の手紙で西洋の様子を知るのを楽しみにしていた子規のために、新しく移った下宿のお婆さんの様子などを軽妙な調子で綴っている。

 だが実は、当時の漱石はひどい神経衰弱に苦しんでおり、その後も便りを待ち望んでいた子規が翌年9月に没するまで、二度と手紙を書くことができなかった。

 子規の最期の様子を高浜虚子が詳しく知らせてきたが、その手紙への返事もなかなか書けず、2カ月以上がたった12月1日にやっと返信している。

 そこには〈筒袖や秋の柩にしたがはず〉などの句が添えられていた。漱石のいう筒袖とは洋服のことである。手紙の本文では、自分のことを〈半ば西洋人にて半日本人にては甚だ妙ちきりんなもの〉と書いている。漱石の留学時代の神経衰弱の話は有名だが、こうした自嘲からも、当時の精神状態が伝わってくる。

 子規宛を含むこれら漱石の手紙は、岩波文庫の『漱石書簡集』(三好行雄編)に収められている。〈憐れなる子規は余が通信を待ち暮らしつつ、待ち暮らした甲斐もなく呼吸を引き取ったのである〉と書かれた「吾輩は猫である」の自序と併せて読むと、さらに切ない。

新潮社 週刊新潮
2021年6月17日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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