「兄上さま、いつ本気を出すのですか!?」兄と妹の時代小説新シリーズ

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拙者、妹がおりまして 1

『拙者、妹がおりまして 1』

著者
馳月, 基矢, 1985-
出版社
双葉社
ISBN
9784575670585
価格
660円(税込)

書籍情報:openBD

「兄上さま、いつ本気を出すのですか!?」兄と妹の時代小説新シリーズ

[レビュアー] 細谷正充(文芸評論家)

悩み深き若者たちの日常と成長を爽やかに描く青春時代小説を書評家の細谷正充が解説する。

***

 軽快なストーリーと魅力的なキャラクターで評判になった、文庫書き下ろし時代小説『姉上は麗しの名医』でデビューした馳月基矢の最新刊『拙者、妹がおりまして』(双葉文庫)が上梓された。新シリーズの2カ月連続刊行第一弾だ。

時は文政四年(1821年)。小普請入りの御家人の白瀧勇実は、境を接した矢島家の離れを使って、手習所の師匠をしていた。勇実は文武両道だが、面倒くさがりの出不精。彼の妹の千紘は明朗でお節介焼きだが、兄にはつい強く当たってしまう。なお、矢島家は剣の道場を開いており、跡取りの龍治がいる。白瀧兄妹とは、昔から仲良しだ。この三人がメイン・キャラクターである。

本書は短編四作で構成されている。冒頭の「つき屋始末」は、千紘たちがよく出入りしている煮売屋つき屋が、ごろつきたちに絡まれ強請られる。このことを知った千紘は黙っていられない。勇実と龍治を連れて、つき屋に向かう。だが、つき屋の主人の態度は、どこか煮え切らないのだった。

素直なヒーロー。本作を読んでいるうちに、そんな言葉が頭に浮かんだ。三人が騒動に首を突っ込むのは、自分の知り合いが困っているならなんとかしたいという、素朴な感情に動かされてのことだ。一件の事情が見えてくれば、いたずらに正義感を振り回すことなく、事態を解決に導く。そのためには矢島家と縁の深い、目明かしの山蔵親分に話をし、協力してもらう。無理のない範囲で全力を尽くす、若者たちの行動が気持ちいい。

続く「恋心、川流れ」は、舟から川に落ちた女性を、勇実が飛び込んで助ける。その後、女性を屋敷で看病する一方、彼女の身元を捜そうと千紘たちが奔走する。騒動の裏には、不実な男と一途な女の物語があった。それを知りながら女性と優しく向き合う、勇実の姿が印象的だ。第三話「神童問答」は、教育ママに連れられて手習所に入門した神童に勇実が、学ぶことの意味と楽しさを教えていく。併せて千紘が教育ママの抱えている事情を知り、心を解きほぐすのだ。勇実・千紘・龍治の三人は、常に個人を尊重し、勝手な押し付けをしない。話が進むにつれ、そんな姿勢が露わになり、どんどん彼らを好きになってしまうのである。ここが一番の読みどころだ。

だが第四話「道を問う者」で、勇実を勘定所に推挙しようとする尾花琢馬という人物が現れ、勇実たちの日常を波立たせる。手習所の生活はモラトリアムなのか。勇実はどうなるのか。答えは本書では出ない。だから次の巻が、待ち遠しくてならないのだ。

その他にも、手習所の子供たちの成長や、ちらりと出てきた実在人物の名前など、先のストーリーを期待させるフックは多い。楽しみなシリーズの誕生を、大いに喜びたいのである。

細谷正充(文芸評論家)

双葉社
2021年6月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

双葉社

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